牙龍−元姫−
木で造られたカウンターに、寂しく置いていかれた紙切れ。
カサッと山折にしてある紙を開けば見慣れぬ文字で綴った言葉。
Fortes fortuna juvat.
ラテン語かのう?
用心深い奴じゃ。誰にも見せたりせんわ。
ラテン語と言っても発音はからっきしダメじゃ。
ワシは読み専門。読みたい文学があったんじゃが、それが偶々ラテン語だった。
どれどれ?
ふぉるてえす・ふぉるとぅーな・ゆうぁと?
―――――どういう意味でこんな言葉を残したんじゃお前さんは。
千秋は謎じゃのう。全く分からん。
いきなり東の高校に通うと言い出すわ、急に髪を銀一色に染め出すわ。前は黒を主体とした銀のメッシュが疎らに入っとったのにのう。なんの心境の変化じゃ。
千秋は不可解なことが多すぎる。全く理解出来ん。ワシのほうが長生きしとるんだがのう。
もう一度山折にし元の形に戻す。――――――ん?
裏面の端に何か書いてあるのを見つけた。ラテン語?いや、日本語じゃ。
見慣れた千秋の文字が珍しく雑で、付け足したように殴り書きで書かれていた。
<自分を欺くのは、易しい>
お前さんの昔からの口癖じゃな、これは。
<Fortes fortuna juvat.>
運命は強い者を助ける.
欺いたとしても変えられない運命もあると言うことか…?