牙龍−元姫−
血走る小娘を一見しながら藍色は天井を見上げながら呟いた。
その呟きをワシは辛うじて拾い上げた。
「――‥まあ。誰もこんな奴があの“白鷺千代”なんて思わね〜よ」
どうせ新米の小説家なんじゃろうな小娘は。何十年後かには売れっ子になってたらええのう。
手を動かして豆をゴリゴリ、音を鳴らしながら頭の片隅でそう思った。
名はシラサキチヨか。今度探して品試しに読んでやるか。白鷺千代と。
…ん?んん?白鷺千代?
「なんじゃとっ!?」
「…ッ!な、何だよ爺さん。いきなりデケえ声出すなよ!ビビるだろ!」
バンッ!と音を立てると豆を投げたしてカウンターから身を乗り出しす。
近くにいた桃色が大きく肩を揺らしてワシを睨むが今は気にならん。
目に映るのは濃緑のスウェットを着た娘、ただひとり。
「し、白鷺千代ー!?お前さんがか!?」
「まあねー。ちょっとだけ有名だよね。知ってんの?爺ちゃん」
有名どころか小説界の大御所じゃ!白鷺千代は出す小説全てがベストセラー入りを果たす官能小説家。
官能でもただのエロではなく美学を追い求めた小説じゃ。
「さ、サイン貰えんかのぅ…?」
いそいそと出したのは何故か店に置いてあった色紙。
躊躇しながらも念願の白鷺千代先生の前に出す。
ドキドキしよるのお。まるで好きな子に告白する幼き少年になった気分じゃ。
「お。サイン?全然オールオッケー!出席大サービスだ!でもアタシが白鷺だって言うのはシークレットね!こちとら白鷺を名乗ってるのは事情があるから!」
さらさらと書かれる名前に歓喜で震え上がった。もう思い残すことは何もないと言うくらい。もう死んでもいいと思った。
白鷺千代先生の名が書かれた色紙を大事に握りしめる。歓喜に震え上がる震えは止まらない。
しかしそれはワシだけじゃなかったみたいじゃ。