牙龍−元姫−
昔の早苗さんは活発でサッカーをやっていたらしい。
なので漫画家の道に進んだことに風見さんは吃驚していた。私は自分の夢を追いかける早苗さんが凄いと思う。
私には夢なんてないし。
幼稚園児だった頃は“ケーキ屋さんになりたい!”とか言ってたけど今となってはあんまり。
趣味もないし特技もない。成績は普通。運動能力も並。
しかし、優れ出たものが何1つない私が唯一嵌まったのが――――――白鷺先生の小説だった。
風見さんが見ていた、深紅の薔薇に書かれたサインに目をやる。
「…へへ」
見るたびに顔が綻ぶ。白鷺先生の小説は平凡な私に捧げてくれた、熱くなれるたった1つの趣味。
だから白鷺先生は私の中で“絶対的存在”。響子さんと出逢わせてくれたのを白鷺先生だ…
そんな私を見て前に座る響子さんが声を掛けてきた。
「亜美菜ちゃん良かったね?」
「は、はい!」
まだ慣れない響子さんの笑顔には少しばかり緊張する。
まさか、この笑顔が自分に向けられる日が来るなんて思いもしなかった。
そしてさっき自己紹介したばかりの早苗さんが言う。
「亜美菜ちゃんがバカ白鷺のファンだとは。世も謎だらけだ」
「私は早苗が“猫田のの”だって事に驚いたよ」
「響子と同じく」
同意する風見さん。すると響子さんは懐かしげに笑った。
「早苗言ってたもんね、漫画家になりたいって。まさか本当になるなんて驚いたよ」
「は?そうなの?」
「うん」
風見さんはそのカミングアウトに驚く。
漫画家になりたいと言うことは響子さんにしか言ってなかったみたいだ。
「まぁ、まだ卵だけど」
そう笑う猫田のの先生は、夢に満ち溢れていた。