牙龍−元姫−



無意識に顔を歪めた自分には気がつかない。



ニット帽は、はにかむように白い歯を見せて笑う。暗い夜だけど、その笑顔は明るく眩しい。





「本当に輝兄ちゃんは格好いいでヤンス!」








あ き ら ?



あきらアキラ…輝?



瞬時に俺は思考を巡らせる。



聞き覚えのある名前に。



―――ただの偶然?偶然であってほしい。ややこしくなる。





「ねえ、苗字なんだっけ?」

「ええ!今更ッス!オイラは田原寛太郎ッス!いつになったら覚えてくれるんスか!」





煩く騒ぎながら愚痴るニット帽を横目に再び思考を巡らせた。軽く体重をバイクに預け、ニット帽は無視。



田原…違う苗字か。なら勘違い?









しかし、このときの俺はある呟きを聞き逃していた。





「親が離婚していて苗字は違うんスけどね」





そう。この呟きを。



“親が離婚して今は偶にしか逢えないんス。でも――”



はじめにニット帽は言っていた。離婚していると。



それさえ、気がつかなかった。



離婚していたなら苗字が違うのにも納得がいく。



なのに俺は聞き逃していた――――――後の祭りにしか過ぎないけど。
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