牙龍−元姫−
「それにしても遅い」
「寿々ちゃんが?」
「違うよ、戒吏達の事だよ」
戒吏達?
――――そういえば戒吏達が居ない。いま気がついた。
部屋に入ってから今まで、何の違和感もなく居座っていた。
庵一人だけなのに、全く気にも止めなかった。
「どこに行ったの?」
「美味しいケーキ巡り」
「…けえき」
けえき…ケーキ?
え。4人で?
「美味しいケーキを探して響子を此処に誘き寄せるんだって空が言ってたよ」
「誘き寄せるって…」
わたしは犬か、と思った。
何だか複雑な気持ちになる。
「結構乗り気だったけどね」
「誰が?」
「戒吏」
「戒吏!?」
「うん。戒吏なんか先頭きってこの部屋から出ていったよ」
まさか戒吏が乗り気だなんて奇妙にも程がある。甘いものが好きな空なら分からなくもないけど。
戒吏がケーキと睨めっこしてるのを想像すると笑えてきた。
「あれ?でも遼と蒼は甘いもの大丈夫なの?」
「あー…空並みじゃないけど大丈夫だよ。でも今頃吐いてそう」
「確かに」
遼と蒼が出てきたケーキを見て顔を顰めるのが容易く想像できる。
そして戒吏はケーキを無言で見つめる。
ただひたすら食べる空。
故に全く会話がないテーブル。
それを想像してきたら笑えてくる。
同じことを想像した庵と目が合うと、互いの顔を見合わせて笑った。
2人分の笑い声を部屋に響かせていると…
扉が勢いよく開いた。
「響子っ!」
「え?…きゃあッ」
突然聞き覚えのある声が扉付近から聞こえて目を向ければ―――――――――誰かが飛び付いてきた。
私は重力に従いソファーに背中から倒れ込む。