牙龍−元姫−
「騒がしいね」
「…」
「戒吏?」
隣に座る静かな戒吏に呼び掛ける。
しかし戒吏は私を見るだけで何も言わない。
漆黒の瞳はケーキへと移る。
戒吏がケーキを見たことで、思い出したように言う。
「ケーキ有り難う」
「…ああ」
「戒吏?」
「…もう食べないのか?」
「太るかなって、」
太る。確実に。肌にも悪い。深夜に甘いものは大敵なんだから。でも半分以上残っている。
やっぱり空に食べて貰えば良かったかな?
といまになって後悔する。
どうしようケーキ…と迷っているとケーキをジッと見つめる戒吏が目に入る。
不意に浮かび上がる疑問と仮説。それは私にとって有難いことで―――─‥
「食べる?」
ケーキが食べたいのかなと私は思った。
だけど戒吏は“ケーキが”食べたいわけじゃないらしい。
「遼のやつやれ」
遼のやつって…
食べさせろってこと?
「…ふふっ」
「…笑うな」
だって言いずらそうにしてたのに急に開き直るんだもん。
拗ねる戒吏に更に笑みが零れる。
戒吏の機嫌が完全に悪くなる前に私はフォークを手にとる。
「はい、あーん」
「…」
ぱくっ。もぐもぐ。
甘さに顔を顰めながらも食べる。貴重すぎる、静かで素直な戒吏が可愛い。見た目と動作が不一致だ。
「苺食べる?」
そう聞けば戒吏はケーキの上にちょこんと乗る苺を手で取った。
食べるのかな?と思いきや。
「…んっ」
「苺ぐらい太らねえよ」
私の口に苺を入れてきた。無理やり捩じ込むように。戒吏の指が唇に触れる。
不可抗力で苺を噛めば、苺の甘酸っぱさがジワッと広がる。
苺の美味しさに笑顔になった。
それを見た戒吏に言われる。
「ケーキ食べればいいじゃねえか」
「…やだ。だって太っちゃうもん」
「細い」
「でも普通この時間帯に女の子はケーキは食べない」
「アイツは食べてただろ」
空と遼と、ちゃんばらのように新聞紙を丸めて叩き合っている寿々ちゃんを指差した。