牙龍−元姫−
「エントランス?」
「うん。きっと涼しいよ」
多分。いや絶対に。ここより涼しい可能性は高い。
校舎の玄関ホールにあるタイル式のエントランス。
校舎内の廊下はクーラーが利いているから、猛暑の外より確実に涼しい。
「ね?行こ」
パイプ椅子から立ち上がり戒吏の腕を引っ張る。
最早お願いではない。校舎内に行く事は私の中で確定していた。
この暑さから逃れたい一心。でも我が儘な私に戒吏は嫌な顔ひとつしない。
「ああ」
「やった!早く行こっ!」
戒吏が肯定してくれた。この暑さから逃れられるという喜びに胸が弾み、語尾に音符がつく。
戒吏の腕から手を離し早々とエントランスへ向かおうと歩き出そうとしたが…
「か、戒吏?」
急に私の手を引いて戒吏が歩き出した。
戒吏の顔を見ようとするが引っ張られて歩いているため後頭部しか見えない。
「…か、戒吏、手を離し、」
「何でだよ」
「…何でって、」
戒吏は私を見つめながら言葉を被らせて聞いてくる。
少し歩調を落としてくれたのか、戒吏の横に並ぶ。
私の顔はきっと困惑で包まれていると思う。
全校生徒が集まる校庭。周りにいる生徒から犇々(ヒシヒシ)と感じる視線。
そうだよね、それが当たり前だよ、
だって私と戒吏はもう付き合ってないんだから。
こうやって手を繋ぐ事も可笑しい。
可笑しい、可笑しいんだよ、戒吏、
自然と私の手を握る戒吏がよく分からなかった。
何も言えないまま俯く。
ただ戒吏に引かれるままに歩いた。
――――そんな私に、戒吏も何も言わなかった。