牙龍−元姫−
空は一層私に顔を近づけ距離を詰める。
艶のある笑みはもう既に消え失せていた。
「―――ムカつく」
「え?」
「ムカつくんだよ響子見てると。イライラする」
空は本当に苛ついていた。短気だけどいつも笑顔を絶さない空には珍しい苛立ち。
この目もこの顔も前と同じ。
そう“あの時”だ。
私と戒吏が付き合うことになったときと瓜二つ。
全てが、同じだった。
「何で抵抗しねえの?この体制で」
抵抗しないのは、きっと心の何処かで大丈夫だと思っているから。確かな根拠は何処にもない。
だけど大丈夫だと思っているんだ。
「だから戒吏にキスされんだよ。もっと抵抗しろよ」
「…っ」
分かった。
…分かってしまった。
空のイライラの理由が。
分かりたくなかった、かも…。
空は私と戒吏の行動を把握している、見ていたから。
「分かってねえよ」
「…」
「響子は何も分かってねえよ。何一つ分かってねえ。何度言えば分かるんだよ」
空の顔が近寄り――――コツン。と額が合わさった。
息が掛かるくらい近い。いまにでも唇が触れそうなくらい近かった。