牙龍−元姫−
遠ざかる足音。人気が薄れる廊下。
二人が存在感があるせいか一緒に居ると人気が濃く感じる。
元の静けさが戻りつつある廊下。徐々に和らぐ空気のなかで庵さんが俺に声を掛けてきた。
「何か仕出かしそうだと思わない?」
「えっ、」
突然の庵さんの言葉。不意に話し掛けられたことに驚いた訳じゃなかった。
同じ事を考えていた事に、心底驚いた。
善の裏は悪。善い事には必ず悪い事がついて回る、逆も然り。悪い事には良い事も舞い降りる。
――――遼太さんが“した事”が善悪のどちらかが分からない。次が善悪のどちらかを把握しようとするだけ無駄か。
遼太さんが保健室で響子に何かしていたならそれは当事者の遼太さんと響子さんしか知らないだろう―――――あ。あと、あの人もか。
保健室のベッドでだらけて居るであろう綺麗なな青藍色の髪色の人を思い浮かべる。
まず、あの人が保健室なんかに居なければこんなにも殺伐とした雰囲気にはならなかったんじゃないか?
変えられない事実を切に考える。
そして同じように何かを思案している庵さんは…
「――――気になるなら、か」
思い出したように、そう呟いた。
「気になってるのは、遼。お前の方だよ」
遠ざかる背中に、やれやれと言った感じで吐き捨てた庵さんはもう、いつも通りだった。
ブルーの瞳も普段の柔らかで優しい目に変わっている。
俺は遼太さんが去っていった方向とは違う方向に歩き出した庵さんを慌てて追う。