牙龍−元姫−






ガラガラガラガラガラ



ぱたん












私が出て行ったあと誰一人として居なくなった保健室には静けさが戻った。



開けられた窓から入ってくる風が薄緑色のカーテンをはためかせる。


そして携帯に夢中だった私は忘れていた。机に置かれた花図鑑の存在を。



ビラビラビラビラビラッ!



陽光の中そよぐ風の悪戯か。



分厚い図鑑のページが勢いよく捲られる。風が止んでも開けられたままのページ
―――――これも又、悪戯。










ギリシャ語の鸛(pelargo)に由来するゼラニウム。
鸛の嘴に似ている果実に錐状の突起がある為そう名付けられた。



鸛(コウノトリ)



鸛そのものは、鶴や白鳥と同様に縁起物として祝福を告げる天上界からの遣い。



天上界は“天からの祝福を降り注ぐ”種として遣う。



鸛や白鳥は日本において古くは鵠(くぐい)と呼ばれここには“天から時を告げる”という意味がある。








―――――ゼラニウム、と花の名が書かれたページが開かれたままの状態となっていた。



窓から出ていった彼。往時を追憶した彼は、穢れなく綺麗に咲く華を憎くたらしく思って冷酷無比に花弁を毟り堕とした。



毟られた花が風で宙を舞い開かれた図鑑の上に虚しく、落ちた。








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