獣は禁断の果実を蝕むのか。
『仕事もできない無能な秘書は、食べてもおいしくはなかったです。』
そう、私には聞こえてしまう。
立ち上がりながらゆっくりと離される腕。
…この手が離れてしまったら。
もう、専務とは関わりあうこともない。
こんな時に浮かんでくるのは。
たった一日。
たった一晩の淡い思い出。
無邪気な専務の笑顔が、記憶から離れてくれなくて。
借金とか横領の犯罪者ってレッテルとか。
そんなことより。
離されそうなこの手が悲しくて。
毛布から漂う甘い香りが、私の鼻孔から脳髄を麻痺させるかのように。
キュウウッと胸が締め付けられる。
きっと、この甘い香りのせいだ。