ふたつの背中を抱きしめた
リエさんとそんな話をした数日後だった。
「柊くん、悪いんだけど物置から扇風機運ぶの手伝ってくれる?」
「いいよ。」
間もなく迎える夏本番に向けて柊くんと2人で準備をしてる時だった。
数台の扇風機を運び終え汗だくになった私が洗面所でお化粧を直してると、正規スタッフの濱口さんがやってきた。
「ありがとね真陽ちゃん、扇風機出してきてくれて。大変だったでしょう?」
「いいえ、柊くんが手伝ってくれたからそんなでも。」
鏡に向かって髪を縛り直す私をチラチラと見ながら濱口さんが窺うように言った。
「…柊くんてさぁ、真陽ちゃんの言う事はちゃんと聞くわよね。」
「へっ!?」
濱口さんの言葉に私はすっとんきょうな声を出した。
「だって同じコト私が頼んでも柊くん絶対断わるわよ。私だけじゃない、真陽ちゃんと園長以外なら確実に断るわね。」
「そ、そうでしょうか?今日はたまたま機嫌が良かったとか…」
「絶対そうよ!今日だけじゃないわ、こないだの草取りだって真陽ちゃんがいたから柊くんは真面目にやってたのよ、きっと。でなきゃあの子、今まで草取りに参加した事すら無かったもの。」
…困った。
濱口さん、なんか穿った見方してる気がする。
「柊くんはさぁ、案外真陽ちゃんを気に入ってるのかもね?」
「…同じ職場の仲間として信頼と云う意味で気に入ってくれてるのなら嬉しいと思います。」
私は濱口さんの邪推をピシャリと修正する。
濱口さんは結構おしゃべりなのであらぬ噂でも立てられたら面倒なコトになる。
私が予想以上に毅然と答えたからか、濱口さんは気まずそうに
「そうね、真陽ちゃんは婚約してるんだし、柊くんも変な考え持たないわよね。」
と苦笑いで誤魔化しながら洗面所を出ていった。