ふたつの背中を抱きしめた
ザクザクと無言で枝を切っていた柊くんが、ふと手を止めて私の方を振り返った。
柊くんと視線が合って、私の体に緊張が走る。
「なあ。」
「…なに?」
私、今どんな顔してるんだろう。
自分じゃ分からない。
ちゃんと柊くんを、見れているかな。
「…怒ってるのか?こないだのコト。」
「…え…?」
予想外の柊くんの言葉に私は目を見開いた。
「こないだ、俺がバカって言ったの怒ってるのか…?」
「お、怒ってないよ!全然!なんで!?」
「…なんか最近、ちょっと避けられてる気がしてたから。怒ってないんなら、別にいい。」
柊くんはそう言って、再び桜の枝を見上げてザクザクとその先を切り始めた。
---柊くんが、私を気にしていた。
『柊くんは貴女には心を開こうとしてるように見えるの』
園長の言葉が、私の脳裏に甦る。
私は、脚立に跨っている柊くんを見上げた。
夏の鮮烈な木漏れ日を浴びて
柊くんは流れる汗を手で拭っていた。
夏の太陽が作る濃い影が、彼の顔を半分だけ覆っている。
「柊くん、これ使って。」
私は自分が持っていたタオルを差し出した。
「大丈夫、まだ使ってないやつだから。」
柊くんは、しばらく私を見つめたあと手を伸ばして
「さんきゅ。」
と、タオルを受け取った。
その表情は、濃い木陰に隠れて見えなかったけど
少しだけ、ほんの少しだけ、その口元が、綻んだような気がした。
「暑いねー。終わったら冷たい麦茶飲もう。」
「俺、炭酸飲みたい。」
「あ、園長が買ってきてくれたアイスが冷凍庫にあるよ。」
「マジで?俺も食べていいの?」
「もちろん。」
他に誰もいない静かな園庭で
私達の他愛ない会話だけが夏の空気に溶けていった。