ココロヨミ
 そして朝―――と。

 あー首! 首が痛い! 次に腰!

 どうやら、冷たいままじゃマズいと寝間着に着替え、ソファーに転がって少女を待つうちに、そのまま寝てしまったらしい。毛布は少女が掛けてくれたようだ。

「お前……まだいたのか?」

 桐原が台所に来てみると、ジャージにエプロン姿の少女は器用に片手で卵を割り、目玉焼きを作っていた。

「いい加減お前はやめろと言っておろうに! 私は“夜の魅力”と書いて夜魅だ。それに私は昨日『しばらく泊めろ』と言っておったはずだぞ?」

「服だってまだ乾いておらん」と、夜魅はブカブカのジャージの裾を軽くめくり、膨れっ面をして見せた。

 あの透き通るように綺麗な生地の、薄紫の華柄をあしらった着物もどきは、風呂場に干してあるらしい。

 桐原は久しく作っていなかったまともな食事が並べられた朝食の席につくと、食欲に誘惑されつつ、エプロンをたたんで反対側に座るこの不思議な少女を、改めてまじまじと見てみた。

 色白の肌にうっすら桜色の頬と唇。黒とエメラルドグリーンの双眼。

 凛とした、それでいてどこかおどけた表情は実年齢を推測させない。

 スラリと腰まで伸びた長い濡れ羽色の髪は、癖の一つもなく、プロポーションのいい細身の体を一層引き立てている。

 女性恐怖症である桐原でも、素直に綺麗だと思えた。

 表情を1ミリたりとも変えないので、彼女がそれを読んでどう思ったかのは定かではなかったが……。


 昨夜、少女の服を用意しようと思った桐原だが、その時ふと重要な事に気がついた。

「あ。俺、女物の服なんて持ってねーじゃん。どーすっかな……」

 結局、今の少女はTシャツの上にぶかぶかのジャージ、下はもちろんスカートなんて有るはずも無く、これまたぶかぶかのジーンズといったひょうきんな格好になってしまっている。

 Yシャツ云々も考えてはみたが、シワだらけだったり洗って無かったりしていて(昨日に限って洗い物が溜まっていた)、桐原は自主的に却下した。

 流石にシワシワヨレヨレの服を、家出大学生(ホームレスの可能性もまだある)の女の子に着せる訳にはいかないだろう、と。
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