ココロヨミ
危うくお粥の器が宙を舞うところだった。


「な、な、なっ!?」

夜魅は慎重かつ大胆に器を脇に置くと、真っ赤になっているのを隠すように、エプロンを引き上げて半分だけ顔を覆う。


一方桐原は、歌い終わった途端にピクリとも動かなくなっていた。

交信もぷっつりと途絶えている。


「そ……ら?」

恐る恐る右手を桐原の顔に近づける。

さっきの今だ、自分の発言に動揺しているのかも知れない。


そっと頬に触れると、その熱が夜魅の小さな手のひらに伝わってくる。

(熱い……)


と、不意に桐原の体が横倒れに倒れ込んできた。

「わっ!」

とっさの事に対応しきれずドサリと一緒に倒れると、桐原に覆い被さられる形となってしまった。

「ど、どういうつもりだ!そんないきなり包容なんぞしおって!そういう事は互いの心の準備ができて……か……ら?」

上になった桐原からはスースーと規則正しい寝息が聞こえてくる。


「ふぅ。なんじゃ、寝ておったのか……」

ならばさっきの、桐原のコクハクともとれる胸中は、残念ながら寝言の分類か。

「はっ!いかんいかん。何が“残念”じゃ。何を変な期待しとる、私は」


夜魅は桐原を起こさないようゆっくり体を離し、気遣いながら再び布団に寝かせたが、そこでふと自分の異変に気がついた。


桐原 空の前では、鼓動が風のように速くなり、胸がはちきれんばかりに苦しくなった。

桐原 空の前では、人を遠ざけ続ける冷たい仮面を外すことができた。

桐原 空の前では、私は


平凡な『人』でいられる


「ああそうか……」

心地良さそうに眠る桐原を見下ろしながら、夜魅は呟く。



「好きは―――私の方か」
< 52 / 75 >

この作品をシェア

pagetop