ココロヨミ
夜の街に雨は降る。それは人の思惑など一切顧みることはなく、何事をも無かったかのように全て洗い流し流そうとする。

まだ、止みそうにないな……。


集中治療室のベッド上。人工呼吸器をつけた彼女の姿が、あの時の母親と重なる。


俺は自分の非力さを呪った。

俺は自分の愚かさを怨んだ。

俺は自分の脆弱さを憎んだ。


忘れ去ろうとしてきた忌まわしい過去の記憶が麻薬のようにフラッシュバックする。

気がつけば、意識の戻らないない夜魅に言の葉と心の両方で話し始めていた。


(あれは、俺がまだ身の程知らずのガキだった頃、母さんと銀行に行って……)


偶然にも大型のサバイバルを振りかざして店員を脅す銀行強盗に出くわしてしまった。


(“神童”と呼ばれ、皆から避けられる程の自分の力を俺は過信していた。力に溺れ、力に酔っていた)


たかが一人。それに銀行強盗なんてするなまくらな奴、自分だけで倒せると思った。


(母さんに『見ててね』なんてほざいて。制止も聞かずに飛び出して)


強盗が自分より格上の段位保持者だと知ったのは、柄の部分を鳩尾に食らって仰向けにぶっ飛ばされてからだった。


(息も出来ずに喘ぐ俺に、キレた強盗のサバイバルナイフが突き出されたた瞬間は……今でも忘れられない)


ズブリ。肉に刃物を突き刺す鈍い音。そして俺の顔面にぬめりとした生暖かい鮮血が飛び散った。


(強盗は取り押さえられた。俺じゃなく、その場にいた大人たちによって)


俺は泣きながらくず折れる肢体を支えることしかできなかった。


(俺をかばって致命傷を負った母さんは、とても苦しそうな表情のまま俺に何も話さず、駆けつけた救急車の中で事切れた)


これで本当に一人になった。


(俺は自分を憎んだ)


それからしばらくして俺は……人間恐怖症になった。


(でも本当は、本当に怖いのは、他人なんかじゃなかった)


俺は世の中からあぶれた『俺自身』が怖いんだと思う。


(自ら人を遠ざけ、人と関わることを拒んだ異邦人(イレギュラー))


それが俺だよ、夜魅。


桐原は集中治療室の扉に背をつけ、ずり落ちるようにうなだれた。
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