ココロヨミ
声がする。

彼方から。

あるいはもっと手が届くくらいに近くから。


心の奥底から。


「私を……呼んでいる……?」

マントの老人は、暫く困ったように(それでいてどこか悲しそうに)こちらを見ている。

既に胸をえぐられるような痛みはなくなっていたので、この老人は夜魅から何かを引き出すのを諦めたのだろう。


「行かねば……むぐ!」

夜魅がそう言ってどこへともなく走り出そうとするのを、老人が引き止めた。

文字通り服の襟を“引き止め”られたので、一瞬息が詰まる。

「戻りたイ……?」

「あ、ああ。私の名を呼んでくれる人がいる。私に居場所をくれる人がいる。ならば私は―――そこに帰りたい」

灰色の老人は、残念そうに頷くと桟橋の先を指差した。

差し示す川には突如として暗く大きな穴が、全てを飲み込まんばかりにぽっかりと口を開けていた。


「あ、あそこに飛び込むのか!?」

コクリ。

いろいろな事を思い出したら、忘れていた恐怖心まで戻ってきたようだ。

流石にどうなるかも分からないような場所に飛び込むのは……ためらう。

「ええい!後のことなど知ったことか!」

それでも思い切って駆けだそうと、桟橋に力強い一歩を踏み出した。

……瞬間にまた、襟元を信じられない力で引っ張られた。

「きうっ!」

そして、これまた息が詰まった。

変な声も出た。

「ケホッ、ケホッ!なんだ!まだ何かあるというのか?御老体」

老人は無表情のまま、振り返った夜魅のエメラルドグリーンの瞳を真っ直ぐ指差すと、ススッと骨ばった腕を下げ、手のひらを向けた。


「戻り賃ヲ……」
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