涙空
「それだけ?」
「…それだけだよ」
私が呟くと、郁也が座っていた椅子から立ち上がった。
それを、ゆっくりと目で追った。
「…佳奈、さっき俺がハンカチで拭こうとしたとき」
「…さっき?」
「キスされると思っただろ」
「え!」
小さく叫ぶ。きききき気付いてた?気付いてたの郁也!?
かあああ、と顔が紅潮していくのが嫌でもわかった。
恥ずかしい。
向けていた視線をぱっと逸らす。
「俺が廊下ですると思った?」
「だってあれはない!あれはないですよ!あんな至近距離でさ!」
「一目がつく場所じゃやらない」
「…そ、そうですか」
なんて返せばいいのかわからず、噛みながら返した。