涙空
▼曖昧




――――――…


『佳奈、おいで』




誰かに名前を呼ばれる。




『佳奈、おいで』




"誰か"なんて、嫌でもわかっているのに。だけど手を伸ばしても、掴めるのは空虚だけだった。

するりと、それは私から離れていく。




『…佳奈は、優しいもんね』




段々と視界が赤色に染まっていく。赤、赤、赤。




『…ありがとう』




ぎりぎりと歯軋りする音が聞こえた。誰が歯軋りをしているのだろう。

…なにも、掴めない。
再度手を伸ばしたとき、微かに見えたのは――――、






「―――――っ!」




―――――かっと開かれた自身の瞳。視界に入るのは、自室の真っ白な天井。

……夢、か。



幻想世界は途中で、びりびりと破られた。

荒い息遣いと、むかむかする吐き気の中で目が覚めたからだ。



< 118 / 418 >

この作品をシェア

pagetop