涙空
呟いた声に、楽譜に向かって滑らせていた瞳が私に向けられた。
驚いたような顔は、すぐに嬉しそうな笑みに変わった。
「…じゃあ弾こうかな」
そう言ってまた、指先を真っ白な鍵盤の上で弾き始めた。
吸い込まれるような感覚は嫌いじゃない。
聞き慣れた曲調も嫌いじゃない。寧ろ好き。
「……」
グランドピアノの音が終わりを告げた頃、ぱちりと瞼を上げた。
いつの間にか、聴いていると下がる瞼。きっとこれは、音に身体を委ねている証拠だ。
「…綺麗だね」
【その曲】
【その音】
綺麗だ。
最後までは語らない私の言葉を、お母さんは理解したらしく、笑った。