涙空
「…行こう、郁也」
言いながら、ベンチから腰を上げる。郁也も合わせて立ち上がった。
もう結構、時間が経ってる。次の電車、何時だったっけ。
ああ、そうだ。
「…もうすぐなんだ」
「なにが」
ふっと笑った。
今の自分の表情はきっと一言じゃ表せないと思った。
…何回目だろう、一年に一度の、【あの日】が来るのは。
三回目、かな。
もう慣れた気でいたけどそんなことなかったな。
こうやって日が近付くにつれて、やっぱり思い出しては悲しくなってしまうのだから。
「…お母さんの、命日」
思っていた以上にか細い声だった。
命日はお母さんの骨が仕舞われた墓に花を供えに行く。
それで毎年同じように、
『ごめんね』と『ありがとう』を伝える。
今年はなんの花にしようか。色はどうしよう?ピンク?白?黄色?
もう会うことは出来なくなってしまったお母さんの顔。今は曖昧にしか思い浮かばない。
彼女がいないことへの実感は、もう十分に湧いてた。命日くらいは、お母さんと話したいのに。