夢でいいから~25歳差の物語
「な、なんですか」


「いや、特に理由はありません」


そう真顔で言われる。


なんとなく逃げ出したくなって私は


「お風呂に行ってきます」


と言って風呂場に逃げ込んだ。


ドアを閉めて一息つく。


なんだろう。


この気持ちは一体なんなんだろう。


複雑。


でも名前を呼ばれた時に一瞬、記憶を失う以前の先生の顔がちらついたのは確か。


「流星さん」って呼ばれるのも、丁寧語を使われるのも慣れたはずなのに。


まだ、心はわがままを言っているのかな。


「先生が記憶を失う前に戻りたい」と。


ダメだよ。


せっかく思い出の場所に来たのに、そんなことを考えては。


しかし、これまでの思い出が映画のコマ送りのように次々と浮かんでくる。


クリスマスイブの課外で先生が私のプリントを見て「早いな」と言った時の笑顔。


素直になれなくて、先生にひどいことを言ってしまった時の傷ついたような顔。


学校での襲撃事件で先生がお面の集団と戦ったこと。


遊園地のデートでジェットコースターに乗って脱け殻みたいになっていた先生の様子。


そして、結婚式で花言葉を教えてくれた時の、切なくも美しく優しい表情。


壁を隔てた向こうにいる人にそのような記憶がいっさいないと思うと、胸がつぶれるような思いがした。


まるで何かに圧迫されているかのように。
< 131 / 369 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop