夢でいいから~25歳差の物語
「兄貴はあの人の中で生きている、か…」


友里さんがコンビニのバイトを辞めて数日経ったある夕方、ぼんやりしていた先生がふいに呟いた。


あの屋敷で彼女は先生にも、私に言っていたのと同じことを言ったらしい。


「うん。その時の友里さん、なんだか誇らしげだったんだ」


そう言ってコーヒーを淹れたマグカップを1つ、先生に渡す。


「わたしの中で、わたしの記憶の中であの人は生きている」


あの時の友里さんの微笑。


抑えようとしても自然にこぼれてしまうような、そんな笑みだった。


「兄貴は…もしかしたら俺が思っていたより嫌な人じゃなかったのかもしれないな」


マグカップの中に映る先生の顔がゆらゆらと蜃気楼のように揺れている。


「そりゃ自分の都合で他人を殺したことは許せない。だけど、それでもあの人には誰かを愛する心があった。血も涙もない鬼みたいな奴だと思っていたけど、少なくとも清川さんには愛を注いでいたんだな…」


ふっと笑う先生の横顔はなんとなく寂しそうだ。


先生にとってお兄さんは忌々しい存在だと思っていた。


だけどきっと本当は構ってもらえなくて寂しかったんだ。


純粋に1人の弟としてお兄さんに愛されたかったんだ。


そんなことを考えて私は窓を見る。


闇はすぐそこに迫っていた。
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