夢でいいから~25歳差の物語
「はい」


先生はしっかりとうなずいた。


「奇妙なことですが、あなた方を除く自分の家族、職場の人々、家族以外の親戚、友人…みんな覚えています」


私は言葉を失う。


どうして私達だけ?


「すみません。しかしあなた達のことは本当に覚えていないんです。思い出そうとしても、まるでぽっかりと穴が空いてしまったみたいになっていて」


「そうですか…」


「すみません」


「いいえ、気にしないで下さい」


先生を不安にさせないためにもこう言ったのだが、やはり心の中にはもやもやとしたものがあった。


「医師」


私は廊下で偶然出会った先生の担当の医師に話しかけた。


「どうしました?」


「先生は、私の夫は、私と母だけを忘れていました。こんなことってありえるのですか?」


この後の医師の説明が長かったので話を簡単にまとめる。


健忘には全生活史健忘というものがあり、発症以前の出生以来すべての自分に関する記憶がなくなってしまうことをさし、これがいわゆる記憶喪失である。


忘れてしまうのは主に記憶喪失者の身の回りの出来事で、社会的な出来事などは覚えているケースもあるらしい。


「つまりその社会的な出来事に当たるのが私達以外の記憶ってことね」


病室に戻って母にこのことを話すと、彼女はうなずいて言った。
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