夢でいいから~25歳差の物語
「そうなるね。まぁ、忘れる記憶の内容は人それぞれみたいだから」


そう言って私は先生を見る。


先生はいつのまにかまた眠りに落ちていた。


すやすやと小さく寝息を立てている。


なんだかかわいらしく見えて、抱きしめたくなる衝動に駆られてしまう。


私がこの人の記憶の闇に消えてしまった花嫁だとしても。


きっと思い出させてみせる。


母のことも、私のことも。


「もうこんな時間」


ふいに母が呟く。


腕時計を見ると、すでに針は17時25分をさしていた。


外を見ると、下にはグレーのビルの群れが、上には青みがかかった水色がまるで絵の具をぶちまけたかのように視界の隅々まで広がっている。


「わたしはそろそろ帰らなきゃなんだけど、あなたはどうするの?」


「私はもう少し先生の隣にいるよ」


「わかったわ。でも無理しないでね。何かあったらすぐに医師に言うのよ」


「うん。わかっているよ」


「じゃあ、おやすみ。流星」


「おやすみなさい」


スーッ、パタン。


その引き戸の開閉の音と共に、私は先生と2人きりになった。


先生の寝息がやけに耳に残る。


私はベッドの横の椅子に腰を下ろした。


「皐示さん」


恥ずかしくてずっと呼べなかった名前を今、口に出す。


初めて呼ぶのがまさかこんな状況でなんて思いもしなかった。
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