幕末オオカミ


あそこ、とはもちろん、大奥のことだろう。


上様を裏切ったあたしはもう、一族の村には、戻れないのだから……



「……いやだ」


「駄々こねないの。

子供じゃないんだからわかるだろ?

お前が逃げたせいで、色んな人が迷惑して困ってるんだからね?」



陽炎は幼い頃から変わらない、無邪気な目でそう言った。


まさか大奥がよこした追手が、陽炎だなんて……。



「逃げた……とは、どういうことだ?」



詳しい事情を知らない斉藤先生が、眉をひそめる。



「なーんだ、そいつら何も知らないの?

そうだよね、その有名な隊服は幕府の犬の証だもん。

知ってたら、お前と一緒にいるわけないよね」


「有名なのか?」


「有名だよ。

悪趣味な浅葱のだんだらを着た人斬り集団、新撰組、だろ?」


「おお、悪趣味で有名なのか……
それは局長に報告せねば……」


「斉藤先生!
気にするところはそこですかっ!?」



突っ込んでも、斉藤先生は眉をひそめたままだった。



「とにかく、あたしは帰らないよ!
陽炎、あたしは死んだことにしておいてよ」



あたしは陽炎に頼む。





< 245 / 490 >

この作品をシェア

pagetop