幕末オオカミ
あそこ、とはもちろん、大奥のことだろう。
上様を裏切ったあたしはもう、一族の村には、戻れないのだから……
「……いやだ」
「駄々こねないの。
子供じゃないんだからわかるだろ?
お前が逃げたせいで、色んな人が迷惑して困ってるんだからね?」
陽炎は幼い頃から変わらない、無邪気な目でそう言った。
まさか大奥がよこした追手が、陽炎だなんて……。
「逃げた……とは、どういうことだ?」
詳しい事情を知らない斉藤先生が、眉をひそめる。
「なーんだ、そいつら何も知らないの?
そうだよね、その有名な隊服は幕府の犬の証だもん。
知ってたら、お前と一緒にいるわけないよね」
「有名なのか?」
「有名だよ。
悪趣味な浅葱のだんだらを着た人斬り集団、新撰組、だろ?」
「おお、悪趣味で有名なのか……
それは局長に報告せねば……」
「斉藤先生!
気にするところはそこですかっ!?」
突っ込んでも、斉藤先生は眉をひそめたままだった。
「とにかく、あたしは帰らないよ!
陽炎、あたしは死んだことにしておいてよ」
あたしは陽炎に頼む。