幕末オオカミ
初めて間近で見た相手は、そんな悪人には見えなかった。
悪人じゃない。ただの助平だ。
この男が長州と繋がって、何かを蔵に運びこんでいるとは、事前に教えられなければ疑うこともしなかっただろう。
さすが、山崎監察。
「あ、痛い……」
「どうしました?」
「へえ、足をひねってしまったみたいどす」
よろけたふりをして、桝屋の肩にしなだれかかる。
耳元で桝屋の喉が、ゴクリと下品に鳴る音がした。
「それはいかん。すまんかったなぁ。
うちがすぐそこやさかい、寄っていき」
「そんな、滅相もない……」
「ええから、ええから!」
……本当に、女好きなんだ、コイツ……。
眉間にシワがよりそうなのを必死でこらえ、あたしは桝屋に手をひかれていった。