情炎の焔~危険な戦国軍師~
しかし、私の熱弁もむなしく三成様は微妙な顔をしている。


そんな話くらい知っている、と言いたげだ。


左近様はやれやれという表情でその場を去ってしまった。


私も退出しようとした瞬間、文机の上にみかんみたいな色をした柚子が置いてあるのに気付いた。


「あれ、三成様。柚子、食べるんですか?」


「バカ。それは橙(だいだい)だ」


「あはは…」


どうりで色が濃いと思った。


「家臣の幼い娘が庭にあるのを勝手に取ってきてしまってな。オレにくれると言うのだ」


「可愛らしいですね。あの、その子のこと、咎めないであげて下さいね」


私がそう言うと、三成様の表情がフッと少しだけ柔らかくなった。


「もちろんそんなつもりはない」


「良かった。それにしても橙かあ。あぶり出しやりたくなりますね」


「あぶり出し?」


三成様は不思議そうに眉を寄せる。


「はい。橙とかの柑橘類の果汁などで紙に絵や字を書き、火であぶると書いたものが浮かび上がってくるんです」


「ほう。それは面白いな」


「ですから秘密の手紙に使えますよ。万が一敵の手に渡っても秘密は漏れないでしょう」


「だが文の相手はこのような方法、知らぬだろうからな」


至極冷静に言われてハッとなる。


「あ、そっか。だからといって火であぶって下さいだなんて書いておいたら、敵の手に渡った時、あぶられて読まれてしまいますもんね」


「ああ」


いい方法だと思ったんだけど、ダメか。


「とにかくそういうわけだ。大坂に文を出す方針は変えぬ」


そう言って三成様は話は終わりだと言うように扇をパチンと閉じた。
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