情炎の焔~危険な戦国軍師~
-サイド左近-


普段は酒をほとんど飲まない殿が、ここに来て2回も友衣さんに酌をさせているという。


彼女とのいさかいがあったものの、気になって仕方ない俺は殿の部屋へ向かった。


「友衣」


障子越しに聞こえたのはいつになく熱を帯びた殿の声。


「オレは何を考えている」


その言葉にただならぬものを感じ、気付くと障子を開けて声をかけていた。


「殿」


「左近!」


そこにいたのは驚きに目を見開く殿と、深い眠りに落ちている友衣さん。


「殿、あなた友衣さんに何を?」


「誤解するな」


「まさか…」


「それは違う。こいつはただ酔って寝ているだけだ」


「…」


「その答えでは満足出来ぬようだな」


俺の疑心を見抜いた殿がそう言って真剣な視線を注いでくる。


「オレが飲ませてしまったのだ。ほどほどのところでやめさせれば良かったのに」


「そうですか」


「柄にもなく話に夢中になってしまってな。友衣、お前について聞いたらなんだか嬉しそうにニコニコして話していた」


「友衣さんが?なんて言ってたんです?」


まさか昨夜のことを話したのだろうか。


しかし、それはそれで仕方ない。


そう覚悟したが、殿の口から飛び出したのは思いがけない言葉だった。


「お前、不安げな顔でそんなことを聞くのか?らしくないな」


「しかし…」


昨日の感情のない顔を思い出してしまう。


「なぜ友衣を信じてやらない?」


その言葉にハッとした。


「あ」


何を聞いているんだ、俺は。


「お前達の間で何があったかは知らぬ。しかし、それでも友衣はお前のことをこれほど深く眠り込んでも想っている。寝言でも名前を呼ぶくらいにな」


それを聞いた俺は眠る友衣さんの元にそっと座る。


凪(な)ぐ海のように穏やかな寝顔だった。


「大事にしてやれ」


その言葉に顔を上げると、殿はいつになく優しい表情をしていた。


「お前は何かと女に好かれる。だが、こんなにバカみたいにお前のことばかり考えている奴、こいつの他にはいないだろう」


「ええ」


そして、俺も友衣さんを…。


「連れて帰れ」


「はい」


今も静かに眠る友衣さんを抱き上げ、殿の部屋を辞した。
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