情炎の焔~危険な戦国軍師~
「ぐあ…っ」
左近様の体がよろめき、倒れていく。
「左近様!」
どうやら再び敵の銃弾を食らったようだ。
お腹の辺りから血が川のように流れ出している。
私は慌てて膝をついて彼の元に座った。
「ここで死ぬというのか…」
その声はかすれて今にも消えてしまいそうだ。
「嫌です。死なないで下さい!」
「武士は、主のために散る運命ですから」
これは悪い夢だと思いたい。
だけど、頬をつたう涙はやけに生ぬるく悲しかった。
「左近様…」
「なのに、どうして涙が出るんでしょうね」
彼の綺麗な顔が切なげに歪み、澄んだ大きな目が輝きを増した。
「私、離れたくありません」
「俺もです。ああ、だからでしょうね。もうすぐあんたと共に歩めなくなるから…」
左近様はゆっくりと、ひとつひとつを噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「友衣さん。殿のためなら命を賭けてもいいと言ったのは本当です。だが」
水面のようにきらめく目が私を見る。
「あんたを置いていくのが唯一の心残りだ」
「私が心残り?」
「もっと一緒にいたかった。もっとあんたを見ていたかった」
「私も。私ももっと…」
その先は涙が邪魔して言えない。
「嫌…」
涙がこれほど憎らしいものとは思わなかった。
愛する人の顔がぼやけてしまう。
「相変わらず泣き虫ですね」
ゆるゆると伸ばされた彼の指が涙を拭ってくれる。
涙がなくなってはっきりと見た顔は優しく微笑んでいた。
「泣かないで下さいよ。言ったでしょう?あんたには泣き顔より笑顔の方が似合うって。俺の好きなあんたの笑顔、見せて下さい?」
「いくら左近様の頼みでも無理です。こんな時に笑えるわけないじゃないですか!」
必死になる私とは対照的に、左近様は柔らかく目を細める。
「ともかく、最期にそばにいてくれるのがあんたで良かった」
「最期って、何言ってるんですか。約束したじゃないですか。2人で一緒に生きようって」
「あんたや殿に逢えて良かった。心から守りたいと思える人が俺にはいる。しかし、このザマだ」
左近様は悲しそうに笑って続ける。
「あんたが死ぬまでそばにいてやれないこと、許して下さいね」
「自分が死んでしまうみたいなこと言わないで下さい。私をおいて行くなんて、そんなの許しません!」
目の前の現実も、左近様の言葉も、すべてを否定したい一心で、私はむきになって叫んだ。
すると彼は満足したかのように薄く微笑み、頷いて言う。
「俺は、幸せ者だ。こんなにも自分を愛してくれる人がいる」
「私だって。だからこれからも」
私の言葉を遮るように、逞しい右腕にそっと抱き寄せられる。
「友衣さん」
そこで彼は儚げながらも、ぞっとするほど綺麗な微笑を見せた。
まるでこの世の者ではないくらい、凄絶に美しい…。
「愛してます」
そう聞こえたと思うと彼の目がフッと閉じられる。
私を抱いていた腕がすっと離れ、虚しく地に落ちた。
「左近様、左近様。ねえ、これからもずっと私の望む限り隣にいてくれるんじゃないんですか?」
手を取り、どんなに呼んでも愛しい人はもう目を開けてくれない。
「あ、そうだ。まだ出逢ったばかりの頃、雪が積もった寒い日に左近様、嫁に来いって言ってくれましたよね。たとえ冗談でも嬉しかったです」
左近様は沈黙している。
「でももし本気なら私、応じたいくらいです。あの時よりはるかにお互いを知り、理解し合えた今ならって。この時代であなたと生きる覚悟は出来てるんですよ?もうあなた以外の人は考えられないんですよ?」
私の涙が彼の閉じられた瞼の上に落ち、流れ星のように軌道を描いて流れていった。
「こんなに私の心を惹き付けたんです。その責任は取って下さいよ?私を愛してるって言うのなら証明して下さい。今すぐに。生きて帰ってくるって発言したことがあった以上、私を残していくなんて身勝手なこと、絶対に認めませんからね」
思いが溢れて口が止まらなかった。
「この勝負、勝ちましょう。勝って三成様達と一緒に佐和山城に帰って、またあの楽しかった日々に戻りましょうよ」
どれほど話しかけようとも返事がない。
「返事くらいして下さいよ。ねえ、左近様。お願いですから。ずっと共にいたいと思ってるのは私だけですか?こんなに狂おしいほどに愛してるのは私だけなんですか?私みたいな泣き虫、心配でおいて行けないんじゃなかったんですか…?」
奈落のように深い絶望に蝕まれた私は左近様の胸元にすがり付いて、火がついたかのように泣き叫んだ。
「嫌あああ!」
守れなかった。
守ると決めて今日まで戦ってきたのに、私は何も出来なかった。
ふと彼の言葉が頭の中に響く。
ー「もし俺が敵に討たれたら、たとえ俺を盾や踏み台にしてでも家康を討ち取って下さい」ー
左近様。
あなたの意志はわかります。
だけど、私には出来ません。
愛するあなたを失った今、そんなこと…。
左近様の体がよろめき、倒れていく。
「左近様!」
どうやら再び敵の銃弾を食らったようだ。
お腹の辺りから血が川のように流れ出している。
私は慌てて膝をついて彼の元に座った。
「ここで死ぬというのか…」
その声はかすれて今にも消えてしまいそうだ。
「嫌です。死なないで下さい!」
「武士は、主のために散る運命ですから」
これは悪い夢だと思いたい。
だけど、頬をつたう涙はやけに生ぬるく悲しかった。
「左近様…」
「なのに、どうして涙が出るんでしょうね」
彼の綺麗な顔が切なげに歪み、澄んだ大きな目が輝きを増した。
「私、離れたくありません」
「俺もです。ああ、だからでしょうね。もうすぐあんたと共に歩めなくなるから…」
左近様はゆっくりと、ひとつひとつを噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「友衣さん。殿のためなら命を賭けてもいいと言ったのは本当です。だが」
水面のようにきらめく目が私を見る。
「あんたを置いていくのが唯一の心残りだ」
「私が心残り?」
「もっと一緒にいたかった。もっとあんたを見ていたかった」
「私も。私ももっと…」
その先は涙が邪魔して言えない。
「嫌…」
涙がこれほど憎らしいものとは思わなかった。
愛する人の顔がぼやけてしまう。
「相変わらず泣き虫ですね」
ゆるゆると伸ばされた彼の指が涙を拭ってくれる。
涙がなくなってはっきりと見た顔は優しく微笑んでいた。
「泣かないで下さいよ。言ったでしょう?あんたには泣き顔より笑顔の方が似合うって。俺の好きなあんたの笑顔、見せて下さい?」
「いくら左近様の頼みでも無理です。こんな時に笑えるわけないじゃないですか!」
必死になる私とは対照的に、左近様は柔らかく目を細める。
「ともかく、最期にそばにいてくれるのがあんたで良かった」
「最期って、何言ってるんですか。約束したじゃないですか。2人で一緒に生きようって」
「あんたや殿に逢えて良かった。心から守りたいと思える人が俺にはいる。しかし、このザマだ」
左近様は悲しそうに笑って続ける。
「あんたが死ぬまでそばにいてやれないこと、許して下さいね」
「自分が死んでしまうみたいなこと言わないで下さい。私をおいて行くなんて、そんなの許しません!」
目の前の現実も、左近様の言葉も、すべてを否定したい一心で、私はむきになって叫んだ。
すると彼は満足したかのように薄く微笑み、頷いて言う。
「俺は、幸せ者だ。こんなにも自分を愛してくれる人がいる」
「私だって。だからこれからも」
私の言葉を遮るように、逞しい右腕にそっと抱き寄せられる。
「友衣さん」
そこで彼は儚げながらも、ぞっとするほど綺麗な微笑を見せた。
まるでこの世の者ではないくらい、凄絶に美しい…。
「愛してます」
そう聞こえたと思うと彼の目がフッと閉じられる。
私を抱いていた腕がすっと離れ、虚しく地に落ちた。
「左近様、左近様。ねえ、これからもずっと私の望む限り隣にいてくれるんじゃないんですか?」
手を取り、どんなに呼んでも愛しい人はもう目を開けてくれない。
「あ、そうだ。まだ出逢ったばかりの頃、雪が積もった寒い日に左近様、嫁に来いって言ってくれましたよね。たとえ冗談でも嬉しかったです」
左近様は沈黙している。
「でももし本気なら私、応じたいくらいです。あの時よりはるかにお互いを知り、理解し合えた今ならって。この時代であなたと生きる覚悟は出来てるんですよ?もうあなた以外の人は考えられないんですよ?」
私の涙が彼の閉じられた瞼の上に落ち、流れ星のように軌道を描いて流れていった。
「こんなに私の心を惹き付けたんです。その責任は取って下さいよ?私を愛してるって言うのなら証明して下さい。今すぐに。生きて帰ってくるって発言したことがあった以上、私を残していくなんて身勝手なこと、絶対に認めませんからね」
思いが溢れて口が止まらなかった。
「この勝負、勝ちましょう。勝って三成様達と一緒に佐和山城に帰って、またあの楽しかった日々に戻りましょうよ」
どれほど話しかけようとも返事がない。
「返事くらいして下さいよ。ねえ、左近様。お願いですから。ずっと共にいたいと思ってるのは私だけですか?こんなに狂おしいほどに愛してるのは私だけなんですか?私みたいな泣き虫、心配でおいて行けないんじゃなかったんですか…?」
奈落のように深い絶望に蝕まれた私は左近様の胸元にすがり付いて、火がついたかのように泣き叫んだ。
「嫌あああ!」
守れなかった。
守ると決めて今日まで戦ってきたのに、私は何も出来なかった。
ふと彼の言葉が頭の中に響く。
ー「もし俺が敵に討たれたら、たとえ俺を盾や踏み台にしてでも家康を討ち取って下さい」ー
左近様。
あなたの意志はわかります。
だけど、私には出来ません。
愛するあなたを失った今、そんなこと…。