情炎の焔~危険な戦国軍師~
「うう…」


うっすらと目を開け、私の視界にまず飛び込んできたのは木で出来た天井だった。


夕方のオレンジ色の光が射し込んでやけに眩しい。


「…」


ここがあの世なんだ、とぼんやり思った。


「おや、お気付きですか」


そう言いながらいきなり部屋に入ってきたのはお坊さんのようだ。


「私は…」


「戦場で倒れていたんですよ。ですが、かすかに息があったので連れて来ました」


「息があった?」


じゃあ、私は生きている?


胸にそっと手を当てると、確かに脈を感じた。


「生きてる…」


直後、ハッとなって私は隣を見た。


(左近様!)


たちまち胸が高鳴る。


しかし、彼はそこにいない。


単なる空間があるだけ。


私だけが生き延びてしまったんだ。


瞬時に生まれた期待を瞬く間に裏切られ、涙がぽろぽろと落ちてしまう。


ー「愛してます」ー


彼に最後にもらった言葉が頭をよぎった。


そして気絶する寸前に思い出した香りと、温かさと、笑顔も。


ほしい。


そのすべてが今すぐほしいのに、隣にあの人はいない。


誰よりも優しくて、危険で、愛しいあの人が。


「うっ、うう…」


涙の雨はもっとひどくなる。


まるでこの世界で1人になってしまったようだ。


2人で過ごした日々の甘い記憶が、まるで美しい夢の痕のようだった。


お坊さんは私の様子から何かを察したらしく、頭を下げてそっと部屋を出ていく。


「左近様」


呼んでも返事はなく、そのか細い声は虚しく響くだけ。


「左近様あっ!」


1人になった私は関ヶ原の時に戻ったかのように、激しく泣き叫んだ。


「私をおいて行かないで下さい!そばにいて下さい!」


これが乱世に生きる者の運命なの?


「お願いですから!でないと寂しいです」


ううん、そんな生易しいものじゃない。


「あなたがいなければ、苦しくて、悲しくて私、もう死んでしまいたい…」


せっかく見知らぬお坊さんに救ってもらった命だというのに、なんと罰当たりな言葉だろう。


ー「泣かないで下さいよ。言ったでしょう?あんたには泣き顔より笑顔の方が似合うって。俺の好きなあんたの笑顔、見せて下さい?」ー


左近様の言葉がまた思い出された。


「笑わ…なきゃ…」


無理に口角を、重力に逆らうようにつり上げようとする。


あの人のためにも笑わなきゃ。


「…」


口角を上げなきゃ。


「…」


唇が震え出す。


「っ!」


無理だ。


左近様の言葉も何もかも、すべてが悲しみの波にのまれてしまう。


笑うなんて無理だ。


彼を失った今、私が笑う意味などない。


その一方で左近様は、最期まで笑っていた。


傷が痛むはずなのに、悲しいはずなのに、あの人は…。


ー「ともかく、最期にそばにいてくれるのがあんたで良かった」ー


ー「俺は、幸せ者だ。こんなにも自分を愛してくれる人がいる」ー


ー「愛してます」ー


最期まで優しく、愛情に溢れていた。


私は泣いてばかりで、その笑みに応えることもままならなかったというのに。


慶長5年9月15日、関ヶ原。


島左近、討死。


それが事実であり、覆し難い運命であることはずっと前から分かっていた。


だけど、抗いたかった。


何か特別な力を持っているわけではない。


それでも、守りたかった。


どうしてあれほどに思いやり深く、優しい人が命を奪われなければならないの?


乱世がこんなにも非情で、残酷で、悲しいものだったなんて。


だけど、今となってはどれほど騒いでも足掻いても何も変わらない。


何を考えても虚しいだけ。


空っぽになった私の頭の中には、以前交わした会話が映像のように流れていた。


あれは確か大垣城を出る前日の夜のことだった。
< 250 / 463 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop