情炎の焔~危険な戦国軍師~
8月8日。


「俺はあんたに何が出来るでしょうね」


褥に寝そべった左近様は唐突にそう呟いた。


「左近様が私にしてくれることですか?」


私は彼の隣で体育座りをしながら聞く。


「はい」


左近様は頷く。


どう答えようか考えていると、彼が先に口を開いた。


「あんたの望むことなら何だってしてやりたい。ま、甘やかしてるって言われればそれまでですがね。でも俺がしてやることであんたの笑顔が見られるならば、男冥利に尽きるってもんですよ」


「冥利に尽きる?」


目線を合わせるように彼の隣に寝転がって聞いてみる。


「好きな女の笑った顔を見て、幸せな気分にならない男なんていませんから」


私の頭を撫でながら、左近様は優しく笑った。


情愛が胸の中だけでは抑えきれずに、表情にまで溢れ出したような笑顔だった。





「…」


あの時、私は何をしてもらえるんだろうと思った。


だけど、それは贅沢だったのかもしれない。


彼がいない今ならわかる。


左近様が私を愛してくれたのは当たり前なんかじゃなかった。


感謝すべき幸福だったんだ。


ただずっと平坦で真っすぐな道のように、左近様との未来があるわけじゃない。


彼がいてくれるだけでそれは美しい奇跡だったんだ。


ー「俺だけを見て、隣にいてくれさえすればいい。 それが幸せなんですから、これ以上は望みませんよ。もちろん、俺を思ってしてくれるっていう気持ちは嬉しいですがね」ー


以前、左近様はそう言ってくれたというのに。


どうして気付かなかったんだろう。


どうして失ってからでなければ真の大切さに気付けないんだろう。


そんな私なんかといて左近様はどんな気持ちだった?


精一杯愛したはずだけど、私は左近様の愛にちゃんと応えられていた?


初めての恋だから愛し方を知らなかった。


そんなことでこれほどの後悔をするなんて。


桜のように儚く散っていったあの人に、この想いをどう伝えればいいんだろう。


今さら気付いたって遅いのに。


「帰りたいよ…」


あの穏やかに笑い合っていた日々に。


ー「友衣さん!」ー


また、蘇る。


隣で咲いていたはずの彼の笑顔が、今では星のように果てしなく遠い。


「わああああ!」


私は再び泣いた。


泣いたって彼が帰ってきてくれるわけじゃないってわかっていても、泣かずにはいられなかった。


好き。


大好き。


私にはあの人じゃなきゃダメなの。


私に太陽のような光を与えてくれるかけがえのない存在だったのだから。


ー「愛してます」ー


頭に響くのは最後に聞いた優しい声。


「私も愛してます、左近様…」


こんなに悲しいほどに、深く。


「返して!どうか左近様を私に返して下さい!」


床にくずおれ、叫ぶ。


その叫びはただの虚ろな空間に溶けて消えていく。


見惚れるように綺麗な夕焼けも、今では悲嘆をより強めるだけのものにすぎない。


涙が枯れて夜が訪れた頃、私は先程のお坊さんの元へ行った。
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