情炎の焔~危険な戦国軍師~
「時に」


いきなり法春さんはそう切り出す。


「はい」


「少々こちらへ来て頂きたいのですが」


彼に連れられて、私は訳の分からないままに別室に向かう。


「入ります」


法春さんはそっとある一室の襖を開けた。


そこには1人の男性が眠っているようだった。


顔は半開きの襖が邪魔で見えないが、着物の袖が少しめくれ、そこから出ている男性らしい筋肉質の腕が見える。


「さあ、もっとこちらへお入り下さい」


その声に促されて、私は寝ている男の人に近寄った。


「あなたの知っている方でしょう?」


(嘘…)


私は思わずその人を二度見した。


「あなたの主のことは存じませんが、あなたは何ひとつ守ることが出来なかったわけではないのですよ」


傍らで法春さんが微笑んだ。


目の前では、さっきまで泣きながら求めた左近様が静かに眠っている。


彼の胸は生命の躍動を思わせるような規則正しいリズムで上下していた。


私の胸にはグッと熱いものが込み上げる。


失ってなんかいなかった。


私達の愛は終わっていなかった。


あの思い出達は夢の痕なんかじゃなかった。


「左近様!」


夢中で彼の右手を取ると、春のように温かかった。


それを感じたのか、彼が薄く目を開ける。


まるで命を吹き込まれたみたいに。


「左近様。私達、生きてました」


「俺達が?」


なんだか夢うつつの状態のようだが、私は広い肩に抱きついた。


「良かった。左近様が生きてて本当に良かった」


するとくしゃくしゃと髪を撫でられる。


「あんたが生きてて良かった」


日の光が差し込むように優しく微笑む顔を見て、つい安堵の涙を流してしまう。


「ほら、また泣く」


からかうような声さえ愛おしい。


「私は邪魔になりますので、また後ほど」


私達の様子を見た法春さんが音もなく出ていく。


「え、ちょっと待って下さい」


「いいじゃないですか。せっかく気を利かせてくれてるんですから」


左近様はからからと笑ってそんなことを言う。


「いや、あの、でも」


「安心して下さいよ。取って食いやしません。これじゃ無理ですから」


左近様が寝たまま寝巻用の着物の前をはだけさせて見せる。


腹部と左腕には包帯がしっかりと巻かれていた。


さすがに痛むようで起き上がれないらしい。


「あの法春さんが手当てして下さったみたいですね」


そういえば私の腕や足、手首にも包帯が巻かれている。


手首の傷は特に出血がひどかったのか、包帯を通して赤く滲んでいた。


鼻を近付けると薬のような匂いがする。


薬草を調合してくれたのかもしれない。


「しかし、残念だ」


いきなり左近様がわざとらしく大げさにため息をつく。


「何がです?」


「この体じゃ、しばらくあんたを抱けそうにもありませんからね」


「!」


冗談で言っているのはわかっていたが、さらっとそんなことを言われては赤面せずにいられない。


「ふっ、あんたのそういう恥ずかしがり屋なところ、変わってないですね」


「左近様こそ」


私達はしばらく笑顔を交わした。


互いが生きている喜びをかみしめながら。
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