情炎の焔~危険な戦国軍師~
「やめろ」


オレの言葉に、正則の動きがぴたりと止まる。


「同情のつもりか?そんな同情、いらぬ」


「三成、違うんだ。俺は昔のように清正とお前と3人でまた一緒にこの世を支えていきたいんだ」


「こうなった以上、それは叶わぬ夢だ」


「だが、秀頼様の天下を望んでいるからこそお前はこんな戦をしかけたんだろう?」


「ああ。しかしおそらく家康は完全な徳川の世を成すべく、豊臣恩顧であったお前を利用するだけ利用して遠くに追いやるだろう。そしてオレはもうじき殺される」


それは確信に近かった。


あの狡猾な家康が豊臣恩顧の正則をそのままにしておくとは到底思えない。


ましてや豊臣の世にするなどありえない。


なんと言っても秀吉様のご遺志を無下にした男なのだから。


「だが、俺達が動けば状況は変わるかもしれない。豊臣の世にしてやるって話も嘘だと決まったわけではない」


そう言える正則は何もわかっていないのだろう。


「正則、本気でそう思ってるのか?もしそうなら」


「?」


「バカにしか見えない幻影に踊らされているってことだな」


「お前は嫌味しか言えないのか?」


正則はだんだんいら立ってきているようだ。


「本当のことを言ったまでだ」


「だったら、お前はどうしたい?」


「ただひとつ、家康の首がほしい」


本心を言うと、正則は肩をすくめる。


「呆れた奴だ。この期に及んでまだそう言うか。いい加減負けを認めろ。今素直に謝れば家康も許してくれるかもしれない。少なくとも死罪は免れるだろう」


「ハハハハハ」


乾いた笑いが口を突いて出た。


「何がおかしい?」


「家康は豊臣という火種を徹底的に潰す気だ。だから反逆者のオレを執拗にさがし出して捕らえ、晒し者にするというこんな恥辱を与えた挙げ句に殺そうとしている」


吉政から聞いた。


佐和山城を破壊し、オレの家族を死に追いやったこと。


そして、年貢を免除するというおいしい餌を村民の前にぶら下げてオレを匿わないようにさせたことも。


「三成、意地なんて張るな。その下らない自尊心を捨てろ」


「意地も自尊心もない」


「自覚がないとはな。俺とは別の意味でバカだな」


「さて、どっちが取り返しのつかないバカだろうな」


「ふざけてるのか?」


「ああ、ふざけてる。死ぬ間際までお前とバカ真面目に夢物語を繰り広げねばならないなんてごめんだ」


「夢物語?」


正則の表情が雷雨の直前の空のごとく曇った。


「ああ。現実がわかっていないバカの語る夢みたいな物語さ」


「豊臣の世が夢物語だと?お前、よくもそんなことを!」


ぐいっと胸ぐらが掴まれる。


「…お前なんてもう知らねえ。豊臣の世を守りたいってのは口だけで、本当は自分が一番可愛いんだろうよ」


捨てるみたいに荒々しく手が離され、正則はどたどたと去っていった。


「…はあ」


去っていく友の背中を見てため息をつく。


これでいい。


もし、オレを逃がそうとしたことが家康に知られたらあいつまでオレと同じ目にあうに違いない。


それを避けるためには、単純なあいつをわざと怒らせるしかない。


情に厚いあいつに本当のことを話しても、縄をほどこうとする手を止めてはくれなかっただろうから。


見張りの者が正則の背中を疑わしげな目で見送っている。


あのバカ、さんざん豊臣と連呼した挙げ句に縄に触れようとしたから疑われているのだろう。


「言っておくが」


オレは見張りの者に話しかける。


「あの福島という男はオレに乗せられて豊臣と言っていただけだ。別段徳川に仇なすつもりではない。実は石田派だったというわけでもない」


「しかし」


「もし福島がどうしても疑わしいというならば代わりに殺せ…オレを、今すぐに。奴は無関係だ」


「…」


見張りの者は気圧されたようで、ただ黙り込む。


(3人で一緒に、か…)


瞼(まぶた)の裏には、在りし日のオレ達がいた。


秀吉様やねね様が微笑みながら見ている前で、オレや清正や正則は下らぬことで言い合いをして。


だが確かにその顔は、無邪気に笑っていた。


正則。


バカだが飾らず、まっすぐに向き合ってくれた友よ。


「清正、あいつを頼む…」


さらばだ。
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