情炎の焔~危険な戦国軍師~
-サイド左近-


友衣さんが法春さんにいきなり飛び出していった事情を説明しに行っている間、俺は1人で物思いにふけっていた。


殿の、涼やかながら強い意志の宿ったような切れ長の目を思い出す。


きっとあの方は最期まで美しかったに違いない。


儚げで清らかな容姿だけではなく、秀吉殿のために戦を仕掛けたその高い志を抱いたことを死ぬ時になっても後悔しなかっただろうこと。


そんな武士として誇り高き主の最期に、そばにいられなかった俺は不孝者だ。


ふと、俺の脳裏に殿の姿が浮かんだ。


あれは確か、関ヶ原戦の前夜の笹尾山での出来事だった。


「左近」


雨の上がった漆黒の空を見上げながら、ふいに殿は俺を呼ぶ。


「勝てるだろうか、家康に」


「きっと勝てます。たとえ負けることになっても、俺は殿と運命を共にする覚悟です」


すると殿はいつになく優美に目を細めて笑う。


「さっきもお前の覚悟を聞かせてもらった。やはり持つべきものは頼もしい家臣だな。しかし、左近」


「なんでしょう」


「生きよ」


「生きる?」


「たとえオレが死んでもお前は生きろ。オレと共に果てる必要はない」


「殿…」


「お前がオレのために死んでほしくないのだよ」


「しかし」


「オレをそこまで思ってくれるのなら生きてくれ。たとえオレが散っても、オレの分まで生きてほしい。お前に対してなら素直にそう思える」


殿はそう言ってちらりと、俺の隣で無邪気な顔をして眠っている友衣さんに目をやる。


「それに、お前には守るべき者がいる」


「友衣さんのことですか?」


「それはお前が一番よくわかっているだろう?そいつは暴走しがちだ。そいつの手綱を操れるのはお前しかいない」


「俺ですか?」


「ふ、左近のわりには野暮な質問だな。他に誰がいるのだ。そいつが誰よりも想っているのはお前で、お前が誰よりも想っているのはそいつだろう?」


「ま、他の奴に友衣さんの手綱を握らせるつもりはまったくありませんがね」


「そいつは、希望の光だ」


「殿?」


殿の友衣さんを見る目は月光のように温かい。


「バカで気弱ですぐ泣くくせに、オレなんかのために無茶したり真っ向から反対したり心配したりする。本当、どうしようもない」


「そうですね」


そんな所が可愛い。


「そんな眩しいほどまっすぐな女に、この大戦の前に出逢えた。これは天命かもしれないと思ってる」


「殿、まさかあなたは友衣さんを…」


「バカ。そいつの男はお前しかいないだろう?お前だから安心してそいつを任せられるのだよ」


珍しく優しく笑う殿。


「頼んだぞ、左近」


そう満足げに言ったのだった。


俺はしっかり答える。


「ええ。この左近にお任せを」


だが、戦場に出たらそうはいかなかった。
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