情炎の焔~危険な戦国軍師~
「りつ」


それは、15年ほど前まで大坂城にいた頃に知り合った侍女、りつであった。


「覚えていてくれたのね。すごく嬉しいわ」


あの頃はまだあどけなさの残る少女だったが、今はすっかり色香の漂う妖艶で美しい女になっていた。


「達者だったか」


「ええ」


「そうか」


頷いてみせると、りつは急に俺の腕に胸を寄せるように抱きついてくる。


「でも寂しかった」


答えに困った俺は肩をすくめる。


「関ヶ原で討ち死にしたって風の噂で聞いてたからもう会えないと思ってたの。会えて良かったわ」


「ああ。何の巡り合わせか、銃弾3発食らってもこうして命を長らえることが出来た」


戦場で倒れていたという俺を保護してくれた法春さんと、俺が関ヶ原で死ぬという運命を変えるべくいつもそばにいてくれた友衣さんに改めて感謝しなくては。


そんなことを考えていると、りつは急に俺の耳元で囁いた。


「ね、久々に激しく燃えさせて?あの夜みたいに」


「悪いが、それは無理な相談だ」


俺には友衣さんがいる。


彼女以外の女を抱く気などさらさらない。


「ふうん、あの友衣って子がいいわけ?あなたと一緒にこの城に来たっていう」


「お前には関係ない」


「さっきちょっと会ったけどあの子って色気はないし、なんかいまひとつじゃない?」


「俺は一方的に友衣さんを悪く言う奴とは話をする気などない。そしてお前に彼女についてとやかく言われたくもない!」


お前に彼女の何がわかるというんだ。


「ま、いいわ。とりあえずまた同じ屋根の下で暮らすわけだし、よろしく」


「…」


去っていくりつの背中を見ながら、俺は何か嫌な予感がしていた。


具体的には何も、という状態ではあるのだが、まるで火が完全に消えずに煙を立ち上らせながら燻(くすぶ)るかのように、謎めいていて漠然とした不安が俺の胸中で静かに小さく存在していた。
< 365 / 463 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop