情炎の焔~危険な戦国軍師~
俺は桜さんの体を遠ざけるようにそっと押し、スッと離れる。


「やっぱり俺はあんたを愛することなんて出来ません」


許して下さい。


一瞬でも友衣さん以外の女に心が揺らいだこんな俺を…。


そして黙って自分の部屋に帰った。


俺が抱きしめたいのは桜さんじゃない。


やきもち焼きで、ちょっと子供っぽくて、無鉄砲。


だけど誰より優しく、誰より俺を愛してくれる友衣さんという女だけだ。


だが、今の俺は彼女を笑顔に出来ない。


その事実を裏付けるように翌朝、友衣さんが部屋にやって来た。


怒りと悲しみを無造作に混ぜたような顔で。


「左近様、ひどいじゃないですか。裏切ったんですか?」


「そんなつもりは…」


ああ。


昨夜、桜さんと一緒にいる所まで見られていたのか。


りつといたことはすでにバレているのだから、そうでないとこの言葉は不自然である。


「りつさんとも、桜さんともだなんて。見たんですからね、恋愛関係になきゃしないだろうことをしてる所」


友衣さんは感情に支配されて口がどんどん滑っていく。


「私、信じてたのに。結局は左近様も他の兵士達と同じなんですね」


「それは…」


違う。


どちらも向こうから言い寄って来たし、まともに相手にもしていない。


そう言おうとしたが、本当のことなのに言い訳じみている気がした。


「言い訳なんか言わないで下さい」


俺が弁明するまでもなくぴしゃりと言われる。


「友衣さん、ちょっと落ち着いて下さい」


ここまで感情的になるなんて。


「前に「俺は確かに若くない。だが、あんたを思う気持ちはあの時と変わらない。もちろん、これから先も」って言ってくれて本当に嬉しかった。なのにどうして」


「友衣さん、ひとまず落ち着いて下さい。俺は何もしていない」


やっとそれだけ告げる。


「信じて下さい」


思いを込めて彼女の顔をまっすぐ見つめる。


「信じられるわけないでしょう!」


俺の思いはその言葉であっさりと折られた。


「そんな人の虚ろな言葉なんて要りません」


そう言って友衣さんは嵐のように去っていってしまう。


遠ざかる小さな背中を引き止めたかったのに。


その寂しげな後ろ姿にかける言葉は、見つからなかった。
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