情炎の焔~危険な戦国軍師~
その後、やるせない気持ちを抱えつつも藤吾さんと別れて仕事に戻った。


夜。


「ごめんなさい」


廊下を歩いているとすれ違いざまにりつさんがそう言って頭を下げてきた。


「え?」


唐突に言われて思わず聞き返す。


「あなたの想い人に迫ったり、意地悪して」


「いえ。もう気にしてませんから」


「わたしは試したかったの」


「何をですか?」


「わたしはもうすぐここにいられなくなる。他家にもらわれることになったの」


どうやらりつさんは武家の娘でここには奉公で来ていたのだが、縁談がようやく決まったのだという。


「そんな時にあの人が現れた。だから、試したかった。運命を」


「運命、ですか」


「わたしが恋愛感情を抱いたのは、あの人が初めてで。あの夜に抱かれてから、あの人にしか愛されたくなかった。たとえ誑しでも」


りつさんの表情はは悩ましげだ。


いや、違う。


何だか悲しそうな顔である。


「佐和山城に行ってしまった時も、関ヶ原で戦死したと風の噂で聞いても、忘れきることが出来なかった」


多分本当に好きだったんだろうな、左近様を。


「笑ってくれても構わない。あなたにはそれだけのことをしてしまったんだもの」


確かに彼女の言葉や行為に傷付いた。


女性なんて皆いなくなっちゃえばいいって思った日さえあったほどだ。


だけど。


「つらかったでしょうね」


私は彼女を責めることなど出来なかった。


「あなた…」


私の言葉にりつさんは驚きを隠せない。


「私だって左近様が好き。だからりつさんの気持ち、少しくらいはわかります」


そりゃ好きならなんでもやっていいわけじゃないけれど。


でも。


「もう、いいんです」


今はわかり合えたから。


「ありがとう。本当に」


少し肩を震わせながら遠ざかるりつさんの後ろ姿を、気持ちで見送る。


その時になってふいに背後に気配を感じた。


まさか幸村様の忍びの誰か?と思いつつ振り向く。


そこに立っていたのは。


「左近様…!」
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