情炎の焔~危険な戦国軍師~
ーサイド友衣ー


「ううっ、寒いぃっ。助けて、左近様」


ちょっと甘えたくなったので、そう言って左近様に寄りかかってみた。


「はいはい。お嬢様の仰せの通りに致しましょ」


彼はニコッと笑って抱き止めてくれる。


「あんたが自分から甘えてくるなんて珍しいですね」


「たまにはこういう日もあるんです」


「ま、そういう友衣さんも好きですがね」


「だって寒いですし」


「そんな理由ですか。素直じゃないですね」


照れ隠しだということなどとっくにお見通しなのか、台詞の割には彼は猫のように目を細めて笑っている。


「ところで、ばれんたっていうのは、何とかっていう菓子に限らず、ほしいものを贈るものなんですよね?」


「そうですねえ。チョコに限らずとも、相手のほしいものを事前に知っておいてそれを贈る方が喜ばれることもありますから、その方がいいかもしれませんね」


最初はチョコの代用品で何かないかなって考えたんだけど、笑顔でお饅頭を食べる左近様が頭から離れなかったんだよね。


「相手のほしいもの、ですか。なら、頂戴しましょ?あんたを」


「え、私?」


ここでようやく彼の策略に引っ掛かったと気付いてテンパる。


「ええ」


左近様は、まるで子守唄でも歌うような優しい声音で続ける。


「俺はあんたを独占したくて仕方ないんですから。ただそれだけです」


ドキン、と胸が跳ねたが、素直な気持ちは口に出さない。


「左近様ってずる賢いですよね」


そうやって私が喜ぶような台詞を、まるで何でもないことのようにさらりと言ってのけてしまうんだから。


「ずる賢い?何のことです?」


私の心を乱す張本人は不思議そうに聞いてくる。


わざとそう振る舞っているのか、本気で不思議がっているのか分からない。


まったく、あざとい人。


「とりあえず」


彼はクスリと妖しげな笑みを浮かべた。


「あんたは温めてと言いましたが、どうしてあげましょうか」


「どうって」


っていうか、温めてとは言ってないよ。


「わかってるんでしょう?俺が今、あんたをどうしたいか」


目の前の笑顔はいつのまにか挑発的なものになっていた。


「まったく。この色事師の遊び人は…」


戦の軍師ではなく愛の軍師、いや、1人の男の顔をした左近様に向かって呟く。


「この15年、あんたしかまともに相手した覚えはありませんが?」


余裕の笑みが目の前で咲いた。


「それに、別に今だって遊んでるわけじゃありませんよ。俺は真剣です」


その時にはすでに真顔になっている。


「友衣さん。あんたがほしいってね」


「左近様のバカ…」


そんな声でそんな殺し文句、反則だよ。


「俺は親バカならぬ友衣さんバカですから」


「もう」


立て続けに繰り出される愛の言葉に、私の胸は照れくささで爆発寸前だった。


「左近様の変態」


「至極まっとうなつもりですが?」


何を言っても彼の笑みは崩れない。


「左近様はもう若くないんですから」


「若いあんたといると、一緒にいる俺の気分まで若くなるんでね」


抱かれている肩に力が入れられた。


「何があってもあんただけは離しません。たとえ泣かれてもね」


「左近様…」


ダメ。


どうやってもこの人の魅力には抗えない。


止まらない愛しさを糧に胸に燃え続ける情炎の焔に、身体中を焼き尽くされる気がした。


「ったく、そんな可愛い顔しないで下さいよ。俺も男なんでね。止められなくなってしまいますよ。おまけに独占欲が強いですから」


愛おしそうに見つめられ、私はそっと微笑んだ。


「…あなたには逆らえませんね」


嘘偽りを感じない言葉に、私は彼に体を委ね、目を閉じる。


「左近様。今だけは戦のことも何もかも、すべて忘れさせて下さいね」


「ええ。俺のこと以外考えられなくしてあげましょ?」


体がまるで壊れ物を扱うように優しく倒されていくのを感じながら、私は左近様が惜しみなくくれる愛の言葉に溺れた。
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