情炎の焔~危険な戦国軍師~
「左近殿は歴戦の勇士だそうで。幸村から聞いてますよ」


20歳にもなっていなさそうなその忍は廊下でふと、そう言ってきた。


「大げさだな」


「関ヶ原での話も聞きましたけど。敵将に悪夢を見させるほどの凄まじい戦いぶりだったと」


「俺はあの戦にすべてを賭けるつもりでいた。だが結局、守り抜こうとした主を失うことになった」


「しかし、失わなかったものもある」


いきなりそう言われて驚いた。


一体何を知っているというんだ。


「その時、お前はまだ子供だったのではないのか?」


そう言いながら藤吾の視線の先を見る。


そこには訓練中だろう、竹刀を一生懸命に振り回す友衣さんがいた。


「友衣さん…」


勇ましいはずの姿さえもいじらしい。


その愛らしく儚げな姿を一人占めしたくなる。


「いいですね、守りたい女子がいるというのは」


「お前には好いた女子などいないのか?」


こんな涼しげな顔立ちをしているのになんだか不思議な気がした。


「忍は影に生きる者。そんな奴に恋をしないのかなどと聞くのは野暮じゃありませんか」


この乱世を長く生きてきたあなたらしくもない、と明るく笑っているが、その横顔はなんだか悲しそうだった。


「たとえ手を伸ばしても、どんなに近くにいても届かない。影と光が交わることは決してないように、ね」


藤吾は天に輝く日に手を掲げたと思うと、虚空を掴んだ。


「忍だって人の子だ。禁断の花を奪いたくなりますよ。影が光と交わりたくなりますよ」


この忍はきっと高貴な身分の人に心を奪われたことがあるのだろう。


相手は淀の方様か、それとも別の方か。


あえて聞くことはしなかった。
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