情炎の焔~危険な戦国軍師~
現れたのは、友衣さんだった。


その左耳にだけ、ぴあすがない。


どくり、と心の臓が言った気がした。


胸が、痛い。


彼女は俺の存在に気付いて驚きの色をあらわにした。


すかさず藤吾が友衣さんを抱き寄せる。


まるで見せつけるように。


「言ったでしょう?友衣は僕がもらうと」


彼女は否定しない。


触れられたのに嫌がる素振りもない。


惨めで情けない自分に苛立ちが募り、思わず言い放つ。


「もう、いいです」


「?」


「だいたい、俺はあんたが好きなわけじゃない。未来から来たのが珍しいっていう好奇心からあんたに近付いたんです」


それは八つ当たりに近い感情だった。


本当は違う、そんなこと思ったのは一度としてない。


どんな時代の人間だったとしても、友衣さんだからこそ好きになったのに。


「知らなかった。左近様ってそんなこと言う人なんですね」


俺を嫌いだと言ったはずの彼女の顔が、悲痛に歪んだ。


「あっ、そーですか。私だってそうですよ。生きざまがカッコいい戦国武将だったら誰でも良かったんです」


見たこともないような怒りの顔で睨みつけてくるが、その瞳だけは普段より潤んできらめいている。


また彼女を無意味に傷付けてしまったのだと気付き、何か訂正の言葉を放とうとしたが遅かった。


「私に構わないで下さい。左近様なんて嫌いなんですから」


ぴしゃりとそう言い、もう話す言葉はないとでも言いたげに顔を背けられる。


「っ…」


ほんのり甘い残り香だけを部屋に置いて、彼女は走って出ていってしまう。


気付けば俺は、自然とその背中を追いかけていた。


「あんたは」


廊下に出てそう叫ぶと、友衣さんの足がぴたりと止まる。


「あんな奴に抱かれて幸せですか?」


振り向いた彼女の顔がたちまち驚きの色に染まった。


「楽しそうな顔なんて全然していないのに、あんな奴とひと月もしないうちに褥を共にして。それであんたは幸せなんですか?」


否定してほしかった。


思い違いだと笑ってほしかった。


もしくは何のことか?と首を傾げてほしかった。


ぴあすはたまたまあそこに落ちていたっていうだけで、本当は藤吾のはったりかもしれない。


そんな淡い期待が胸をかすめる。


次の瞬間、彼女は微笑して言った。


「幸せですよ」


まるで、俺の希望を嘲笑うように。
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