情炎の焔~危険な戦国軍師~
あれから左近様とは全く話していない。


それは3月になっても変わらなかった。


これでいい。


これで彼は命を狙われない。


だけど心は虚ろで、気付けば涙が頬にこぼれていたことも幾度となくあった。


今日も藤吾さんが使っている部屋に呼ばれて何か話しかけられても、頭を巡るのはたった一人。


私に愛を教えてくれた人だった。


「友衣、聞いてる?」


その声で現実に引き戻される。


「あ、ごめんなさい」


「誰かのこと考えてた?」


「いえ」


急いで作り笑いを浮かべる。


「そう。なら良かった」


そのまましばらく沈黙が続いた。


何分経っただろう。


急に藤吾さんが私の髪に触れた。


「いい香りがすると思ったら友衣からか」


左近様だったら嬉しかったのに。


今は全然喜べない。


「友衣…」


いきなり熱のこもった声で囁かれる。


「友衣。君の頭の中にいる人を忘れさせたい」


何も答えていないのに抱きしめられた。


「や…っ」


そのまま褥の上に押し倒される。


「ダメだよ。あの人が生きてること、僕の主に教えてもいいのかい?」


その言葉に、抵抗しようとして出しかけた手が止まる。


そう。


徳川方に左近様の生存を知られないためには私が我慢するしかない。


左近様を守らなきゃ。


「おとなしくなったね。いい子だ」


(左近様…)


首筋に藤吾さんがキスをした。


ちょっとの間だけ我慢すれば左近様はまだ生きられる。


いや、と叫びたくなる衝動を、唇を噛んで押し殺す。


「友衣さん」


ふと、左近様の優しい声を思い出す。


私に触れるこの人を、彼だと思えば少しは気持ちが和らぐかもしれない。


そう思ったが、やはり無理があった。


左近様はもっと慈しむように、心までも包み込むように優しく触れてくれる。


藤吾さんは自分の欲望が先走って少し荒々しい。


そんなことを考えていると、藤吾さんの顔がゆっくり近付いてくる。


私は左近様とのキスしか知らないし、知るつもりもなかった。


ぎゅっと目をつむる。


左近様、私…。
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