情炎の焔~危険な戦国軍師~
「嫌っ…」


私は拒否するように顔を横に向け、手で口をガードしていた。


我慢しようとしたが、出来なかった。


触れられたいのはこの人じゃない。


左近様、私はあなたにしか愛されたくないんです。


彼のあの棗(なつめ)型の大きくて綺麗な目で見られる度。


あの低い色気のある声が耳に流し込まれる度。


私のよりも一回りは大きなあの手で触れられる度。


そして彼の海より深い愛を感じる度に、まるで甘い毒に冒されるみたいに、私の心も体も左近様しか欲しなくなっていた。


他のどんな人だって代わりにはなれない。


「やれやれ」


そんな私を見て藤吾さんは大げさにため息をつく。


「困ったね。君は心も体もあの人のものか」


冷たい視線にも負けず、私は起き上がって藤吾さんを睨む。


「フッ。あの人の命より自分の気持ちが大事なんだね」


「違う。確かに私は左近様にしか愛されたくない。でも、あなたのように他人を脅すような人になんか屈しない」


そして懐から以前、左近様からもらった島家の家紋が刻まれた短刀を鞘から抜かないまま突き出した。


「あなたなんかに負けない。私も、左近様も」


「なるほど」


半分後悔した。


つい強気に出てしまったが、これで藤吾さんに逆らったことになる。


もしかしたら左近様の身に何か起きるのではないか。


だからひとりになってしばらく考え込んだ後、私は彼の部屋を訪れた。


しかし、誰もいなかったので藤吾さんの部屋へ行く。


「俺は」


左近様の声がして、思わず部屋の前でぴたりと足が止まる。


「もう彼女に一方的につきまとうのはやめてもらえませんか」


藤吾さんの冷静な声も聞こえてきたので入っていく。


「藤吾さん?」


本当は左近様の名前を呼びたい気持ちを抑えてそう言いながらも、彼の顔を見て、心臓が跳ねた気がした。


何度も自分は藤吾さんのものにならなければならないと言い聞かせてきたけれど、やはりあなたが私の愛する人。


甘い気分になりそうになっていると、それを打ち消すかのように藤吾さんに抱き寄せられる。


そんなつもりはないのかもしれないけど、無言で圧力をかけられた気がした。


「言ったでしょう?友衣は僕がもらうと」


私を包む体からただならぬオーラを感じて、その言葉を否定出来ない。


私の肩を抱くこの手を嫌がることすら出来ない。


すると左近様の顔が一瞬にして雷雲のように暗く曇った。
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