情炎の焔~危険な戦国軍師~
翌日。


「…」


私は部屋で脱け殻のようにぼんやりしていた。


ただ、ただ、彼のことを考えていた。


つらい時も、緊張した時も、泣きたい時も。


いつでも左近様は隣にいてくれたのに、今はいない。


失いたくないから、突き放した。


失いたくないから、自分にも彼にも嘘をついた。


これで良かったんだよね?


だって彼は生きているもの。


何度もそう思うのに、涙が出そうになる。


ふと、部屋の前を通りかかった左近様と目が合った。


視線がバチッとぶつかる。


「あの」


その後に何か言葉を紡ぎたいけど、何を言えばいいか分からない。


「友衣さん…」


彼の表情は何か違う。


怒りでも悲しみでもない。


全ての感情が複雑に混ざりあったような形容し難い表情をしている。


「あ…っ!?」


急に手首をつかまれたと思うと、左近様に押し倒された。


あんなひどいこと言ったのに、許してくれるの?


彼の顔が、お互いの吐息が絡むほどの距離にある。


以前のように燃えるような熱い瞳が私だけを映してる。


数日ぶりに感じる大きな体の温もり。


いつものように抱き寄せてその温かさに溺れたい。


左近様がどんなつもりかはわからない。


だけど、理由は何だっていい。


このまま強引にでも彼に奪われてしまったら、どんなにいいだろう。


きっと、ずっとこの胸の中に閉じ込め続けてきた切ない気持ちも報われる。


でもダメだ。


この愛する人のために、私は他の男の人を愛さなければならない。


「左近、様」


「…すみません」


先に離れたのは彼だった。


同時に優しく柔らかい体温も、ふわっと身体から離れていく。


行かないで下さい。


糸が切れた凧のように翻って遠ざかっていく着物の裾を掴んで、そう引き止めたかった。


だけどそれは出来ない。


今までのことが全部無駄になってしまう。


「左近様」


低く、色気のある声を耳元で聞いて。


私の身体など簡単に壊してしまいそうに男らしい腕に抱かれて。


厚い胸の中で温かさを再び感じることが出来たら…。


「お願い、行かないで」


ほんの少しの残り香と熱を抱きしめるように、自分の体に腕を巻きつけた。


だけどそれはすぐにスーッと溶けるようになくなってしまう。


「そばにいて下さい…」


届かない声が空っぽの部屋と胸の中に響くだけだった。


左近様、あなたを愛したい。


そして、私を愛して…。
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