情炎の焔~危険な戦国軍師~
「殿は、夢を見られたそうですよ」


「夢?」


「ええ。あの場所に桜の花が一輪落ちていた夢を見たそうで」


「桜の花ですか」


「いつもだったら夢で済ますんですが、あの時に限っては妙な胸騒ぎがすると言って、実際にその場所に行ってみたんだそうです。そしたら、あんたがいた」


「そうなんですか。三成様は夢に導かれてあの場所に」


「きっと何か惹かれるものがあったんでしょうね」


フッと微笑んだその顔は、遠い過去を懐かしんでいるようだ。


二度と戻らない、過去。


「もし三成様が生きていたら、関ヶ原の戦いで勝っていたら今頃どうなっていたでしょうね」


今となってはそんな仮定の話をしても仕方ないけれど気になった。


「まあ、そうしたら家康は殿のようになっていたでしょうから天下は完全に秀頼様のものになっていたかもしれませんね」


殿のようになっていた、と聞いて私は三成様の最期の瞬間を思い出した。


「三成様…最期まで気高くて凛然としていました。あんなに高潔なものを私は初めて見た気がします」


だけど、それとは対照的なあの見たこともないくらい柔らかな最期の微笑み。


「あの時、彼は何を考えていたのか…」


「俺はその場にいられなかったので本当のことは分かりませんが」


首を少しひねりつつ、左近様は続ける。


「あのお方はいつも友衣さんを気にかけていました。いつだったか大事にしてやれと微笑んでいた。あんなに優しく笑う顔、見たことなかった」


「そうだったんですか」


「殿は…友衣さんに特別な感情を抱いていたのかもしれませんね」


「特別な感情?」


まあ確かに特別扱いはされていたかも。


馬をくれたり、わざわざ自ら助けに来てくれたり、単なる侍女にしてはずいぶん手厚い待遇だったと思う。


「前から言ってますが、女のことであれほど様々な感情を見せたことなど今までになかったんです。御正室のうた様や華嬢といった愛する女性達にですら、ね」


「そうなんですか」


「以前、女に大切な男と上手くやれていると言われて、安心したような苦しいような気持ちになるのは、一体何なんだろうか?と聞いてきたことがあったんですが」


「え、それって?」


「…いや、今のは忘れて下さい。きっと俺の思い違いでしょう」


彼はそう言ってきまりが悪そうに口に手の甲を当てつつ顔を背けた。


「?」


その後、左近様がそれについて触れることはなかった。
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