情炎の焔~危険な戦国軍師~
「え?」


「ごめんなさい。驚かせたかしら」


そこには私と同い年くらいの女の子が立っていた。


いや、女の子という言い方は失礼だ。


まだ少し幼さの残る顔立ちに、凛としていながら柔らかい雰囲気。


だけど優しい目の奥に強い志のようなものが宿っている。


まるでその場にいるだけですべてを汚れなきものにしてしまうような、綺麗な人。


この方は秀頼様の正室、千姫様だ。


確か淀の方様の妹、江(ごう)様の御息女だから姪ということになるのか。


私は頭の中でそんなことを考えていた。


「秀頼様、泣いていらしたでしょ?」


「はい」


「素直に徳川に従わないで刃向かったくせにいざこんなことになったら何を泣いてるんだ、って思う?」


「いいえ」


「あのお方も必死なのよ。亡き太閤殿下の作った城を、世を守りたいから」


「この城は裸同然になってしまいました。それにより徳川が攻めて来やすくなったという心配だけでなく、殿下がいらっしゃった頃の思い出を踏みにじられた気になってしまわれたのかもしれませんね」


きっと亡父と過ごした日々の大坂城の姿でなくなってしまったことは、秀頼様にそんな二重の憂いを与えたのだろう。


私は秀頼様の朝露のように綺麗な涙を思い出しながらそんなことを思った。


「徳川は豊臣を本気で潰すわ」


「!」


千姫様の言葉に、結末を知ってしまっている私の心臓がどくん、と跳ねた気がした。


「あの、もしそうなったら千姫様はいかがなさるおつもりですか?」


思いを聞いてみたかった。


この方は徳川秀忠殿のご息女。


つまり家康殿の孫でもあるのだ。


史実では大坂夏の陣で、この方の命は助かる。


だけど秀頼様は…。


「私は秀頼様の妻だから」


嫣然(えんぜん)と微笑みながらも、その声は迷いなく振りかざされる刃のような強さがあった。


「何があってもあの方について行く気でいるわ」


「…」


この方は生き延びられる。


分かっているのに、なんだか本当に秀頼様について行ってしまうような不安な気持ちになった。


あまりにも、その言葉が強く美しすぎて。


「不思議ね」


私の思いなどつゆ知らず、千姫様は桜の蕾がほころぶようにふわりと微笑む。


「あなたと話をしているとなんだか大丈夫な気がしてくる。友衣、あなたはもしかしてただの侍女ではないのかしら?」


「えっ」
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