情炎の焔~危険な戦国軍師~
「桜の扇?」


形からして八重桜ではなくソメイヨシノなのかな。


花びらが5枚の桜が散りばめられたような柄が可愛い。


「関ヶ原の戦の少し前の話だ。お守り代わりに持っていたのだが、次の戦はどうなるか分からないから代わりに持っていてほしいと頼まれてな」


お守り代わりに扇子を渡すなんて、三成様にとってこのお方も大切な人だったんだなあ。


「本当は想い人に渡したいと言っていた。それはきっと友衣、そなたのことであろう」


「あの、失礼ながらそれはないかと。あのお方には奥方様も華さんもいたのですから」


あの義理堅い彼がさらに他の女の人を好きになるなんて違和感がある。


私が三成様の想い人だなんて、きっと勘違いだ。


「そなたを桜のように儚いと言っていた。三成が女子をそのように言うなんて初めて見た」


「…」


昨日、左近様に言われたことが頭を掠める。


―「前から言ってますが、女のことであれほど様々な感情を見せたことなど今までになかったんです。御正室のうた様や華嬢といった愛する女性達にですら、ね」―


でも。


「だからそれをお守りのように身につけていればその者と一緒な気がして強くいれるのだと言っていたのだ」


違う、そんな訳ない。


しかし、次の一言は決定的なものだった。


「そして、その者はずっと前に別の男から八重桜の髪飾りをもらっていたから、どうしても気が引けて渡すに渡せなかったのだと」


八重桜の髪飾り。


思わず髪に付けているそれに手を触れる。


左近様が城下町デートの時に買ってくれた私の宝物。


どくん、と心臓が言った。


いきなり彼の言葉が、人肌の湯がせせらぐように頭の中に流れ込んで来る。


―「貴様はバカの分際でいちいち出しゃばる。目障りなのだよ」―


三成様。


―「うるさい女だ」―


三成様。


―「バカ言うな。お前まで死なせてたまるか!」―


「三成様…っ!」


私はソメイヨシノの扇子を胸に抱きしめて声をもらした。


全部、愛だったんだ。


「ふふ。ようやく渡せたぞ、三成。左近、後は任せる」


「分かりました」


「2人とも邪魔したな」


淀の方様は慈しむような優しい声を残して部屋を出て行く。


彼女の思ったより華奢で細い背中を見送りながら私はもらった扇と、ほのかに生じた熱を胸にただ抱きしめていた。
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