夢見るゾンビ

「ちょっと!!」

突然、部室の扉が開く。

入ってきたのは、赤松先輩だった。3年生の先輩は、私たちの教育係でもある。最初に私に手取り足取りアナウンスを教えてくれたのも、この先輩だった。

その先輩が、珍しく怒っていた。

「このヤカン、飲料用ヤカンと一緒にしておいたのは誰?!」

先輩の手には、あちこちにへこみのあるアルミ製の古いヤカン。古くなったヤカンは飲料用としては用いずに、水道がない場所で用具を洗ったりするためのバケツ代わりに使っている。混同しないように、そういうヤカンには蓋をしていないのだけれど、そのヤカンにはなぜか、きれいな蓋がきちんと載っていた。

「こんなヤカンで水飲ませて、食中毒でも起こしたらどうするの?この大事な時期に!」

確かに、先輩の言うとおりこれは由々しき事態だ。先輩が怒るのも無理はない。

もうじき、甲子園出場をかけた県大会が始まる。そんなときに集団食中毒とかで練習や試合に穴が開いてしまったら、大問題だ。

だけどそのヤカン、一目見れば飲料用じゃないって分かるだろうに。なんでわざわざ蓋をして、飲料用のヤカンと一緒に置いちゃったのかなあ?

「ちょっと、置いたのは誰?昨日はなかったよ?」

赤松先輩が、1年生のマネージャーたちを一人ひとり、見回す。

全部で6人いる1年生マネージャーは、自然と輪になってうつむいている。

私は、まさか自分がしていないか胸に手を当てて考えてみた。さっき不可思議な声を聞いたばかりなので、いまいち自分の記憶に自信がない。

けれど、幾ら考えてもそんなことをした記憶はどこにもなかった。

あぁ、やっちゃった人はかわいそうに。だけど使う前に見つけてもらったのは良かったと思わないと。

そう思ったときだった。


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