フクロウの声
よく見ろ、マオリ。
 
マオリはおれの声に恐る恐る目を開ける。

手を離してみろ。
 
ゆっくりとマオリは手を離し、傷を確かめた。

もうそこに血が出るような傷はなかった。
一瞬のうちにマオリの腕の傷はふさがっていた。
 
マオリは驚いて不思議そうに手首をなでた。

からだを洗ってみろ。
 
おれは手水場を指した。

マオリは恐怖を隠せないといった表情のまま、
おれの言うとおりに手水場へ向かった。

神社にあるものはほとんどが朽ちかけたものばかりだが、
石でこしらえた手水場には湧き水が引いてあり、
苔で緑色に彩られているものの、たたえた水は清かった。
 
手水場の水に直接、腕を突っ込み
じゃぶじゃぶとマオリは血を洗い流した。
同時に泥も煤も流れ落ちた。

そうすると、マオリのなめらかな肌があらわれた。
当然あるべき傷はひとつもない。
 
マオリは陶器のような自分の腕をまじまじと見つめた。

さっきおれに掴まれた傷だけではない。
野良仕事と死んだ母親の代わりに幼い弟たちを育ててきたマオリの腕に、
傷がひとつもないことなどこれまでありえなかった。

マオリは冷たい水をすくい、顔を洗った。
顔も煤だらけだったが、
手水場の湧き水で洗い流すとやはり美しく若い年頃の娘の肌があらわれる。
 
もうひとつ、マオリは気がついた。
肌の色が白い。

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