フクロウの声
「待ってください。」
 
マオリは障子に手をかけた土方を呼び止める。

「どんな人物なのですか。」
 
マオリは初めて、自分が斬る相手のことを尋ねた。

どうせ死んでしまう相手なのだからと、
今までマオリは標的の名前さえも知らなかった。
知る必要も感じたことがなかった。

「知る必要はない。」
 
土方は冷たく言い放ち、部屋を出て行った。
 
開いた障子から吹き込む冬の風が冷たくマオリの頬に当たった。


マオリは自分に与えられた部屋に戻り、少ない荷物の整理を始めた。
もうここに戻ることはない。
 
おかみにもらった帳面が文机の上に置いてある。

マオリはそれを手にとった。
読み書きのできないマオリに、仕事の合間をぬって
おかみが手習いをしてくれたものだ。
 
マオリは一枚、一枚、自分の綴った頼りない筆の跡を眺めた。

文字が滲む。

「マオリ。」
 
おかみの声がして、マオリは慌てて袖で目元を拭った。

「はい。」
 
返事を返すと、おかみが部屋に入ってきた。

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